少子高齢化による労働力人口の減少が加速する日本において、企業の採用活動は年々厳しさを増しています。特に、将来を担う若者や新卒層の獲得は喫緊の課題です。
しかし、現在の若者たちは、かつてのように「賃金が高い」「安定している」といった目に見える待遇だけで就職先を選ぶわけではありません。彼らが重視する価値観は多様化し、賃金以外の要素が採用成功の鍵を握るようになっています。
本記事では、公的機関の調査レポートに基づき、若者・新卒が就職先に求めるものの変化を定量的・定性的な両面から深く考察します。
賃金面で大手企業に劣りがちな中小企業が、この新しい価値観に対応し、若手人材の採用を成功させるための具体的な戦略とアピール方法を提言します。
若者・新卒の仕事選びの価値観の変化
現代の若者や新卒の学生たちは、仕事や企業を選ぶ際に、従来の世代とは異なる、あるいはより強く特定の価値観を重視する傾向が見られます。
企業選びで重視するポイントの推移
マイナビ「学生就職モニター調査」や学情「就職意識調査」など、複数の調査結果から、学生が企業を選ぶ際の重視点に変化が見られます。かつては「給与の高さ」や「安定性」が最上位に来ることが多かったですが、近年ではこれらと同等、あるいはそれ以上に「社内の雰囲気が良い」、「個人の生活と仕事を両立させたい(ワークライフバランス)」、「楽しく働きたい」といった項目が上位に挙がるようになっています。
※本グラフは複数の調査結果を基にした概念図であり、具体的な数値は各調査レポートを参照ください。
「安定志向」の中身の変化
「安定している会社」を重視する学生は依然として多いですが、その「安定」が意味する中身は変化しています。単に倒産しないという意味合いだけでなく、「安心して働ける環境であること」や「福利厚生が充実していること」、「無理なく長く働けること」といった、自身のキャリアと生活を守るための安定性を重視する傾向が強まっています。これは、終身雇用制度の揺らぎや不確実な社会情勢を背景にした、若者たちのリアリズムの表れと言えるでしょう。
賃金以外の重視点 – やりがい、ワークライフバランス、企業文化
若者・新卒が特に重視する賃金以外の要素を、具体的に見ていきましょう。
「やりがい・成長」への意識
リクルートワークス研究所の調査では、「自分の能力を発揮できる仕事についていること」や「仕事の成果が正当に評価されること」が、働く上で重要であるとされています。特に20代では、「成長できる機会があるか」、「自身のスキルが向上するか」といった、キャリア形成における成長機会を強く求めています。 これは、単に与えられた業務をこなすだけでなく、仕事を通じて自己実現を図りたいという意欲の表れです。
※本グラフは複数の調査結果を基にした概念図であり、実際の数値は各調査レポートを参照ください。
「ワークライフバランス」と柔軟な働き方
マイナビの調査(2026年卒)でも「個人の生活と仕事を両立させたい」が25.6%と高い割合を占めており、学情の調査(2025年卒)でも「希望勤務地で働くことができる」「転勤がない」「フレックス制度を導入している」といった働き方に関する回答が多く、ワークライフバランスへの関心の高さが伺えます。
長時間労働の是正、休日・休暇の取得しやすさ、そしてリモートワークやフレックスタイムなどの柔軟な勤務制度の有無は、若者が企業を選ぶ上で非常に重要な要素となっています。彼らは、仕事だけでなく、プライベートな時間や自己投資の時間を確保することを重視しています。
「企業文化・人間関係」と「社会貢献」
リクルートワークス研究所の調査では、健康で働くために最も重要なのは「職場の人間関係が良好であること」が圧倒的に多く38.6%を占めています。特に女性は45.8%と、人間関係の質を強く重視する傾向にあります。風通しの良い組織文化や、ハラスメントのない健全な職場環境は、定着率にも直結します。
また、学情の調査(2025年卒)では、7割を超える学生が「企業がSDGsに取り組んでいることを知ると、志望度が上がる」と回答しており、仕事を通じて社会課題の解決に貢献したいという意識も高まっています。企業の理念や社会貢献活動への共感は、働くモチベーションに大きく影響します。
中小企業が若手採用で直面する課題
大手企業と比較して、中小企業が若手人材の採用で直面する課題は少なくありません。
賃金・知名度ギャップとアピール不足
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賃金面での競争劣位
大企業と比較して初任給や平均賃金が低い傾向にあり、賃金重視の学生には魅力的に映りにくい。物価高騰の影響もあり、生活への不安から賃金水準への関心が高まっている学生もいます。 -
知名度の低さ
学生が企業情報を得る主要なチャネルは「就職情報ナビサイト」や「企業の採用サイト」ですが、中小企業は十分な採用広告費をかけられず、学生の目に触れる機会が少ない。 -
「賃金以外の魅力」のアピール不足
中小企業には、大手にはない「やりがい」「成長機会」「アットホームな雰囲気」などの魅力があるにも関わらず、それを効果的に言語化し、学生に伝えるノウハウやリソースが不足していることが多いです。
これらの課題を克服するには、中小企業ならではの強みを最大限に活かし、戦略的なアプローチで若者たちに働きかける必要があります。
中小企業が若手採用を成功させるための戦略
賃金だけで勝負できない中小企業は、若者が重視する「賃金以外の価値」を強化し、それを効果的にアピールする「採用ブランディング」を構築することが重要です。
1. 賃金以外の魅力を「言語化」し「見える化」する
自社に眠る「やりがい」「成長機会」「働きやすさ」などの魅力を洗い出し、具体的なエピソードやデータを用いて言語化しましょう。例えば、「若手のうちから新規事業に携われる」「社長との距離が近く、経営に直接関われる」「育休取得率100%」など、抽象的ではなく具体的なメリットとして提示することが重要です。
(具体例: 若手社員の成功事例をストーリー形式で紹介、社員アンケートで「社内の雰囲気」の良さを数値化して公開)
2. 多様な採用チャネルを戦略的に活用する
就職ナビサイトだけでなく、若者が日常的に利用するチャネルで積極的に情報発信しましょう。SNS(Instagram、TikTok、Xなど)での情報発信、社員のリアルな声を集めたオウンドメディアの運営、ダイレクトリクルーティングサービス、大学のキャリアセンターとの連携などが有効です。これらのチャネルを通じて、企業の文化や雰囲気を多角的に伝えることで、学生の興味を引きます。
(具体例: 社員が日常の業務風景や社内イベントを投稿するSNSアカウントの運用、若手社員の座談会記事をオウンドメディアで公開)
3. 柔軟な働き方とキャリア形成支援を強化する
若者が重視するワークライフバランスや成長機会を提供できるよう、制度面と運用面の両方から環境を整備しましょう。リモートワーク、フレックスタイム、時短勤務などの柔軟な働き方制度を導入し、実際に利用しやすい風土を醸成することが重要です。また、定期的なキャリア面談、資格取得支援、外部研修への参加補助など、社員の成長をサポートする具体的なプログラムを充実させましょう。
(具体例: 部署ごとにリモートワークの利用実績を公開、若手向けリーダーシップ研修を定期開催)
4. 経営者のビジョンとパーパスを「語る」
中小企業では、経営者との距離が近いことが大きな強みとなります。企業のパーパス(存在意義)やビジョン、経営者の想いを、自身の言葉で若者に直接語りかける機会を設けましょう。会社が目指す方向性や、社会に与える影響を共有することで、若者は仕事に「意味」を見出し、強い共感を抱くことがあります。これは、大手企業では得にくい、中小企業ならではの魅力です。
(具体例: 会社説明会で社長が自らプレゼンテーションを行う、社員とのランチミーティングを定期的に開催)
採用成功へのロードマップ
現在の若者・新卒層が就職先に求めるものは、賃金や安定といった「目に見える待遇」だけにとどまらず、「仕事のやりがい」「個人の成長」「ワークライフバランス」「良好な人間関係」「企業の社会貢献」といった、より多様で本質的な価値観へと変化しています。この変化は、大手企業に賃金面で劣る中小企業にとって、新たな採用戦略を構築する大きなチャンスです。
「賃金が高くないから無理だ」と諦めるのではなく、自社の持つ「賃金以外の魅力」を最大限に引き出し、それを若者たちが求める形で効果的にアピールすることが、採用成功への唯一の道となります。
このレポートを読んだあなたが、若手採用を成功させるためのロードマップとして、以下の現状と課題、そして具体的な対策を再確認してください。
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現状 – 若者の価値観の多様化
若者・新卒は賃金や安定に加え、「やりがい」「成長」「ワークライフバランス」「企業文化」「社会貢献」といった賃金以外の価値を強く重視している。 -
課題 – 中小企業のアピール不足
中小企業は賃金・知名度で大手に見劣りし、また自社の持つ「賃金以外の魅力」を効果的に言語化し、若者に届けるノウハウやリソースが不足している。 -
対策 – 賃金以外の価値の最大化と戦略的発信
自社の「賃金以外の魅力」を具体的に言語化し、「見える化」する。多様な採用チャネル(SNS、オウンドメディアなど)を戦略的に活用し、若者に直接アプローチする。柔軟な働き方やキャリア形成支援を強化し、経営者のビジョンを自身の言葉で熱意を持って伝える。
これからの採用市場を勝ち抜く中小企業は、「若者の価値観に寄り添う企業」です。
賃金という一側面だけでなく、企業文化、成長機会、働きがい、ワークライフバランスといった多角的な魅力を磨き、それを社会に発信することで、本当に自社が求める若手人材との出会いを創出できるでしょう。