なぜ営業は集まらないのか – データで解き明かす不人気の実態と採用戦略

「また営業の募集に誰も応募してこない…」「若手が営業職を希望してくれない」。多くの経営者や採用担当者が、営業スタッフの採用に深刻な課題を抱えています。かつては企業の成長を牽引する花形とされた営業職が、なぜこれほどまでに敬遠されるようになってしまったのでしょうか。

本記事では、公的な調査データを基に営業職が置かれた厳しい現実を数値で示し、その背景にある伝統的な要因と、「拒絶されることへの恐怖」といった現代の若者特有の心理を分析します。そして、この逆風の中でいかにして優秀な営業人材を確保するか、具体的な採用戦略を提示します。

数値が示す「営業職」の厳しい現実

まず、営業職が今日の就職市場でどのように見られているのか、客観的なデータで確認してみましょう。株式会社学情が2025年卒の学生を対象に行った調査では、就職活動において「避けたい」と考える仕事のタイプが浮き彫りになっています。

就職活動において、避けたいと思う仕事
休日が少ない・不規則 49.1% ノルマのきつそうな仕事 47.3% 転勤の多い仕事 37.9% B to Cの仕事 18.8% B to Bの仕事 5.5%
出典: 株式会社学情「あさがくナビ2025 就職意識調査(勤務時間・休日・勤務地)2024年4月版」より加工

このグラフから分かる通り、「ノルマのきつそうな仕事」は、休日に関する項目に次いで 47.3%もの学生が避けたいと回答しています。これは学生の2人に1人が、ノルマに対して強い抵抗感を持っていることを示しています。また、3位の「転勤の多い仕事」も、総合職、特に営業職に根強く残るイメージです。

これらの項目は、多くの人が「営業職」と聞いて真っ先に思い浮かべる要素と重なります。つまり、営業職という職種そのものが、現代の若者にとってネガティブなイメージと直結しやすい構造になっているのです。

なぜこれほどまでに営業は敬遠されるのか

データで示された不人気の背景には、昔から変わらない要因と、時代と共に変化してきた新しい要因が複雑に絡み合っています。

昔ながらの「キツい」イメージ – ノルマと精神論

「ノルマ」という言葉が持つプレッシャーは、今も昔も変わりません。目標達成のために長時間労働を厭わず、時にはプライベートを犠牲にする。顧客に頭を下げ、断られても食い下がる。このような「気合と根性」を前提とした働き方は、ワークライフバランスを重視する現代の価値観とは相容れません。「目標達成のプレッシャーに常に晒され、精神的に疲弊しそう」というイメージが、若者を営業職から遠ざける最大の要因の一つです。

現代の若者特有の「新しい壁」

1. コミュニケーション様式の変化 – 電話と対面への苦手意識

LINEやチャットなど、テキストでの非同期コミュニケーションを主としてきたデジタルネイティブ世代にとって、見ず知らずの相手に電話をかけたり(テレアポ)、初対面で関係を構築したりする(飛び込み営業)ことは、上の世代が考える以上に高い心理的ハードルとなります。彼らにとって電話は、親しい間柄で使うプライベートなツールであり、ビジネスの場で知らない相手に使うことへの抵抗感は非常に強いのです。

2. 「モノを売る」ことへの抵抗感

SNSや口コミサイトで、消費者は簡単に商品やサービスの評判を調べることができます。このような環境で育った彼らは、消費者として非常に「賢い」存在です。その結果、自分が「売る側」に回ったとき、心から良いと思えないものを勧めたり、相手を言いくるめて契約させたりすることに強い罪悪感や嫌悪感を抱きます。「誠実でありたい」という気持ちが、営業という行為そのものへの抵抗感に繋がっているケースも少なくありません。

3. タイムパフォーマンス(タイパ)至上主義

動画は倍速視聴、情報は要約サイトで。最小限の時間で最大の結果を得たいという「タイムパフォーマンス」を重視する価値観は、若者世代に広く浸透しています。成約に繋がるか分からない相手に延々と電話をかけ続ける、断られることが前提の飛び込み営業を行うといった、非効率に見える活動は、彼らの価値観では「ありえない」選択肢なのです。

4. 傷つきたくない心理 – 「拒絶」されることへの恐怖

近年の若者の傾向として、「失敗したくない」「人前で恥をかきたくない」という意識の強さが指摘されています。これは単なるプライドの問題ではなく、明確な「拒絶」に直面することへの強い恐怖心と言い換えられます。営業活動、特に新規開拓は、顧客からの「いりません」「興味ありません」という直接的な拒絶の連続です。SNS上で常に他者からの評価に晒され、肯定的な反応(いいね)を求める一方で、否定的な意見に深く傷つきやすい環境で育った世代にとって、生身の人間から繰り返し拒絶される経験は、想像を絶するストレスとなり得ます。この「傷つきたくない」という防御的な心理が、営業職を避ける大きな動機となっているのです。

逆風を追い風に変える – 営業採用を成功させる視点

では、打つ手はないのでしょうか。決してそんなことはありません。重要なのは、求職者が抱く不安や抵抗感を真正面から受け止め、それらを払拭する「新しい営業のカタチ」を提示することです。

採用における課題(求職者の不安) 具体的な対策とアピール方法
厳しいノルマと精神的プレッシャー 評価制度の透明化
個人の売上だけでなく、チームでの目標達成度や顧客満足度、プロセス(行動量や提案内容)も評価に組み込む制度を明示する。「個人に過度な責任を負わせない」というメッセージが安心感に繋がる。
非効率なテレアポ・飛び込み 現代的な営業スタイルへの転換
インサイドセールスやMA(マーケティングオートメーション)ツールを活用し、見込みの高い顧客にアプローチする仕組みをアピール。「科学的・戦略的な営業」を打ち出し、非効率な根性論との決別を示す。
コミュニケーションや拒絶への恐怖 充実した研修・サポート体制の具体化
「未経験歓迎」だけでなく、「入社後3ヶ月間のOJT研修」「トークスクリプト完備」「先輩が成約までマンツーマンで同行」など、具体的なサポート内容を求人票や採用サイトで詳細に語る。失敗や拒絶は個人の責任ではなく、組織で乗り越えるものだという姿勢を見せる。
「売りつける」ことへの罪悪感 事業の社会貢献性とやりがいの言語化
自社の製品やサービスが、顧客のどんな課題を解決し、社会にどう貢献しているのかをストーリーとして伝える。営業職を「モノを売る人」ではなく「顧客の課題解決パートナー」として再定義する。

もはや「営業職」という言葉だけで、かつてのような魅力を伝えることは困難な時代になりました。「ノルマ」「飛び込み」「長時間労働」といった旧来のイメージに、「拒絶されることへの恐怖」という現代的な心理が加わり、多くの若者がこの職種から距離を置いています。これは、単なる人気・不人気の問題ではなく、働き方に対する価値観の根底からの変化の表れです。

この深刻な採用難を乗り越える鍵は、企業側がまず自社の営業スタイルそのものを見つめ直し、変革する覚悟を持つことにあります。個人の精神論に頼るのではなく、データに基づいた科学的なアプローチを導入する。個人の責任を追及するのではなく、チームで目標に向かい、プロセスを評価する制度を構築する。そして何より、その変革した「新しい営業の姿」を、採用サイトや面接の場で、透明性高く、正直に語り尽くすこと。求職者が抱く一つひとつの不安に対し、「私たちの会社は違います」と具体的な事実をもって答えを示すこと。それこそが、旧来のイメージを覆し、「この会社でなら挑戦してみたい」という確かな動機を育む唯一の道筋となるでしょう。

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