採用してもすぐに辞めてしまう。欠員補充のためにまた採用し、その人も辞めていく…。この「無限採用地獄」に、多くの企業が頭を悩ませています。定着率改善の努力はもちろん重要ですが、その前に問うべきことがあります。それは「そもそも、採用するべき人材を間違えていないか?」という、採用の入り口に関する根本的な問題です。
最重要の分岐点 – それは「採用の問題」か、「会社の問題」か
人が辞めるという事象に直面した時、まずその原因を正しく切り分けることが、全ての出発点となります。この診断を誤ると、的外れな対策に時間とコストを浪費することになります。
ケースA:採用のミスマッチ
特徴:職歴が短期間で、転職を繰り返している。どの職場環境でも不満を抱えやすい傾向がある。
原因:本人のパーソナリティや価値観と、「組織で働く」ということ自体の相性が悪い可能性。
これは「採用の問題」です。会社の定着努力で解決するのは困難であり、採用段階での「見極め」が課題となります。
ケースB:組織の課題
特徴:他社では安定して勤務していた実績がある。入社後の特定の出来事(人間関係、評価、業務内容の乖離など)をきっかけに離職意向が高まる。
原因:マネジメント、評価制度、労働環境、人間関係など、会社側に改善すべき点が存在する。
これは「会社の問題」です。真摯に原因を究明し、組織として改善に取り組む必要があります。
予測の科学 – 何が「定着」と「活躍」を決定づけるのか
スキルや経験も重要ですが、人の定着と長期的な活躍を予測する上でより重要なのは、個人の根源的なパーソナリティ(性格特性)である、ということが数々の学術研究で示されています。特に信頼性が高いのが「ビッグファイブ理論」です。
最重要因子:誠実性 (Conscientiousness)
ビッグファイブの中でも、職務上の成功や定着率と最も強い相関があると証明されているのが、この「誠実性」です。誠実性が高い人は、責任感が強く、計画的に物事を進め、困難な課題に対しても粘り強く取り組む傾向があります。
相性の因子:個人と組織の適合 (Person-Organization Fit)
個人のスキルがいかに高くても、会社の「文化」や「価値観」と合わなければ、強いストレスを感じ、早期離職の原因となります。採用段階でこの「相性」を見極めることは、ミスマッチを防ぐ上で不可欠です。
科学的採用の実践 – 主観を排し、「定着人材」を客観的に見抜く手法
従来の一般的な面接は、面接官の主観や経験に頼る部分が大きく、「何となく印象が良かった」といった曖昧な理由で採用が決まりがちです。ここでは、面接官の能力への依存を減らし、客観的な事実ベースで判断するための手法を紹介します。
手法1:適性検査 – 「客観データ」でパーソナリティを可視化する
面接の前に適性検査を実施することで、客観的なデータを基に候補者のパーソナリティを把握できます。特に、定着率と相関の強い「誠実性」を測定できるテストは非常に有効です。
【サンプル】「誠実性」を測る質問例
1. 計画を立ててから物事を進める方だ。
2. 一度始めたことは、最後までやり遂げないと気が済まない。
3. 締め切りや約束は、必ず守る。
【判定方法の例】
例えば、候補者Aさんが上記3つの質問に全て「5点」と回答した場合、その「誠実性」スコアは非常に高いと判断できます。この客観的なデータは、「面接では少し口下手でおとなしい印象だったが、実は責任感が強く、粘り強い人物かもしれない」という仮説を与えてくれます。
このデータを持って面接に臨むことで、「誠実性を発揮した具体的なエピソードはありますか?」と、的を射た質問ができるようになるのです。
手法2:構造化面接 -「公平な物差し」で評価する
「構造化面接」とは、あらかじめ評価基準と質問項目を定め、全ての候補者に同じ手順・同じ質問で面接を行う手法です。これにより、面接官による評価のブレをなくし、候補者を公平に比較できます。
構造化面接の簡単な導入ステップ
- 評価項目の決定:自社で活躍する人材に必要な「誠実性」「計画性」「チームワーク」などの能力を3〜5つ定義します。
- 質問の作成:各項目を評価するため、「過去の行動」を問う具体的な質問を作成します。
- 評価基準の策定:各質問に対し、どのような回答であれば「5点(非常に優れている)」とするか、具体的な評価基準を言語化しておきます。
面接官の役割は「印象で判断する」ことから、「候補者の回答を評価基準に照らして採点する」ことへと変わります。
結論:では、具体的に「どんな人」を採用すべきなのか?
これらの科学的アプローチを導入すると、採用すべき人材の輪郭が浮かび上がってきます。それは、必ずしもコミュニケーション能力が高く、華々しい実績を語る人物ではありません。
パフォーマンスや印象に惑わされない -「隠れた優良人材」の見抜き方
面接で流暢に自己PRをする候補者は魅力的に映ります。しかし、その裏付けとなる客観的データや具体的な行動事実がなければ、それはただの「印象」に過ぎません。本当に定着し、活躍する「隠れた優良人材」は、以下のような特徴を持っています。
- 口下手でも、話が具体的:質問に対し、流暢でなくとも、具体的な状況、自身の行動、その結果を事実ベースで語ることができる。(高い誠実性のシグナル)
- 失敗を他責にしない:過去の失敗談を問われた際、環境や他人のせいにするのではなく、自身の判断や行動の何が原因だったかを冷静に分析し、学びを語れる。(内的な統制力と成熟度)
- 会社の「価値観」について質問してくる:給与や待遇だけでなく、「どんな時にチームの一体感を感じますか」「評価で最も重視されるのはどんな行動ですか」といった、組織文化に関する質問をしてくる。(P-O適合を自ら確かめようとしている証拠)
判定方法:主観を捨て、客観データを組み合わせる
「一見地味だが、実は誠実で粘り強い」人材を見抜くには、面接官の「印象」という主観的なフィルターを可能な限り排除することが不可欠です。
最終的な採用判断は、「適性検査のスコア」「構造化面接のスコア」「リファレンス(前職照会)から得られた客観的事実」など、複数のデータを組み合わせて総合的に行います。面接の印象がAさんの方が良くても、客観データの合計点がBさんの方が高ければ、Bさんを優先的に検討する。この規律を守ることが、採用の失敗確率を劇的に下げるのです。
「採用地獄」からの脱却は、採用基準そのものを「印象」から「客観的事実」へとシフトさせることから始まります。科学的な採用システムを構築し、実行することが、会社にとって本当に価値のある「資産」となる人材を獲得し、継続的な成長を遂げるための、最も確実な道筋です。