「給料が上がらないのに、物価ばかりが上がる」多くのビジネスパーソンが抱えるこの切実な悩みは、企業経営、特に人材採用において無視できない重要課題となっています。
政府は経済の好循環を目指し、高い賃上げ目標を掲げていますが、その実態はどうなっているのでしょうか。本記事では、政府が目指す賃金アップの目標数値と具体的な取り組みを解説し、この賃上げ時代を乗り越えて優秀な人材を確保するための採用戦略を深掘りします。
1. 政府が掲げる賃上げ目標と「実質賃金」の厳しい現実
政府は「新しい資本主義」の実現に向け、物価上昇を上回る持続的な賃上げを最重要課題の一つとしています。労働組合の中央組織である連合は2025年の春闘で5%以上という高い目標を掲げ、これが実質的な社会のベンチマークとなっています。
しかし、重要なのは名目上の給与額(名目賃金)ではなく、物価の変動を考慮した「実質賃金」です。実質賃金がプラスにならなければ、私たちの生活は豊かになったとは言えません。以下の表は、近年の実質賃金の推移を示したものです。
| 年 | 実質賃金指数の推移(前年比) |
|---|---|
| 2022年 | -2.3% |
| 2023年 | -2.5% |
| 2024年 | -2.2% |
| 2025年 (予測) | +0.5% |
ご覧の通り、近年は物価上昇に賃金の伸びが追いつかず、実質賃金はマイナスが続いてきました。ようやく2025年にプラスに転じるかどうかが焦点となっており、依然として厳しい状況であることがわかります。
2. 賃上げを後押しする政府の具体的な取り組み
この状況を打開するため、政府は企業が賃上げしやすい環境を整えるための具体的な政策を打ち出しています。特に重要なのが以下の3つの柱です。
賃上げ促進税制 – 賃上げ企業へのインセンティブ
これは、従業員の給与を前年度より増加させた企業に対し、その増加額の一部を法人税から控除する制度です。特に中小企業に対しては手厚い措置が取られています。
- 通常要件: 前年度比で給与支給総額を 1.5% 以上増やすと、増加額の15%を税額控除。
- 上乗せ要件①: 給与支給総額を 2.5% 以上増やすと、控除率が30%にアップ。
- 上乗せ要件② (教育訓練費): 教育訓練費を前年度比5%以上増やすと、さらに10%を上乗せ。
- 上乗せ要件③ (女性活躍・子育て支援): 「えるぼし認定」または「プラチナくるみん認定」を取得すると、さらに5%を上乗せ。
これらをすべて満たすことで、中小企業は最大で賃上げ増加額の45%もの税額控除を受けることが可能になり、賃上げへの大きな後押しとなります。
価格転嫁の円滑化 – 中小企業の原資確保を支援
多くの中小企業が賃上げに踏み切れない最大の理由の一つが「原資の不足」です。原材料費やエネルギー価格が高騰しても、取引先への価格転嫁が難しいという現実があります。政府は、公正取引委員会を通じて「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」を公表するなど、大企業が中小企業のコスト上昇分を価格に反映させやすい環境づくりを進めています。
三位一体の労働市場改革 – 成長分野への円滑な労働移動
長期的な視点での取り組みとして、「リスキリング(学び直し)による能力向上支援」「個々の企業の実態に応じた職務給の導入」「成長分野への労働移動の円滑化」を3つの柱とする改革も進められています。これにより、労働者がより生産性の高い分野へ移動し、結果として所得が向上する経済構造への転換を目指しています。
3. なぜ賃上げは進まないのか – 構造的な課題
政府が様々な政策を講じる一方で、多くの企業、特に日本の企業の99%以上を占める中小企業では、賃上げが思うように進まない構造的な課題があります。
| 課題 | 具体的な内容 |
|---|---|
| 価格転嫁の難しさ | 長年のデフレマインドや、取引先との力関係から、コスト上昇分を販売価格に上乗せすることができず、利益を圧迫している。 |
| 労働生産性の低迷 | IT投資の遅れや旧来の業務プロセスのままでは、一人当たりの生み出す付加価値が上がらず、賃上げの原資が生まれない。 |
| 深刻な人手不足 | 少子高齢化により、そもそも働き手が不足している。特に建設、運輸、介護などの業界で顕著であり、人件費は高騰するが、それが生産性向上に直結しにくい。 |
まとめ – 賃金だけではない、採用成功への3つの視点
これからの採用市場は、賃上げが不可欠な要素となります。しかし、体力のある大企業と単純な賃金競争をしても、多くの中小企業に勝ち目はありません。では、どうすれば優秀な人材を惹きつけ、採用を成功させることができるのでしょうか。現状と課題を踏まえ、3つの対策を提案します。
- 【現状】 求職者の賃金への関心は非常に高い。特に若年層は、生活の安定を求めて初任給や昇給率をシビアに見ている。賃上げはもはや「魅力」ではなく、採用活動の「前提条件」となりつつある。
- 【課題】 賃上げの原資確保が難しい中、多くの求職者は賃金だけで企業を選んでいるわけではないという事実を見落としがちである。「働きがい」「成長機会」「職場環境」といった非金銭的な価値が、最終的な入社の決め手になるケースは非常に多い。
-
【対策】
- 持続可能な賃金戦略を立てる: 賃上げ促進税制などの制度を最大限活用し、無理のない範囲で具体的な昇給モデルを提示する。基本給だけでなく、成果に応じた賞与や資格手当などでメリハリをつけることも有効。
- 「非金銭的魅力」を言語化し、発信する: 裁量権の大きさ、社会貢献性の高い事業内容、具体的な研修制度やキャリアパス、リモートワークやフレックスタイムなどの柔軟な働き方、風通しの良い社風など、自社の「給与以外の魅力」を洗い出し、採用サイトや面接で具体的に伝える。
- 生産性向上への投資を同時に進める: 採用活動と並行して、ITツール導入や業務プロセス見直しによって生産性を向上させる。これにより生まれた利益を従業員に還元する好循環を作り出すことが、企業の持続的な成長と採用力強化の鍵となる。
賃上げ時代における採用成功とは、単に高い給与を提示することではありません。自社の財務状況と向き合い、同時に従業員の働きがいと成長を真剣に考え、その魅力を的確に伝えること。この総合力が、これからの企業には求められています。

