「求人広告費が年々増加している」「新卒採用イベントの費用対効果が見合わない」「アルバイト一人採用するのに、数万円かかるのが当たり前になった」 今、多くの企業が採用形態を問わず、深刻な採用コストの悪化に直面しています。これは一部の業界に限った話ではなく、日本全体の構造的な課題となりつつあります。
本記事では、採用コストがなぜ高騰し続けているのかを、求人数や労働者数といった客観的なデータを基に解き明かします。その上で、ただコストを削るのではなく、採用の成果を維持・向上させながらコストを抑制するための具体的な戦略を、手法別に徹底的に解説します。「コスト」という観点から、現代の採用活動を勝ち抜くための新たな視点を提供します。
なぜ採用コストは悪化し続けるのか? – 数字で見る需給の崩壊
採用コストの高騰は、シンプルな需要と供給の法則で説明できます。つまり、「働きたい人(労働者数)」に対して「働き手が欲しい企業(求人数)」が圧倒的に多く、企業間の人材獲得競争が激化しているためです。
新卒採用 – 超売り手市場と早期化による投資増
新卒採用の有効求人倍率は、コロナ禍で一時的に落ち込んだものの、近年は再び上昇し1.7倍を超える水準にあります(リクルートワークス研究所調査)。これは学生1人に対して1.7社以上の求人があることを意味し、学生側が企業を選びやすい「売り手市場」です。企業は優秀な学生を他社に取られまいと、大規模な合同説明会への出展、高額なナビサイトへの掲載、手厚い内定者フォローなど、投資を増やさざるを得ない状況です。
中途採用 – 専門人材の枯渇と採用手法の多様化
特にITエンジニアや医療・介護の専門職など、特定のスキルを持つ人材は需要が供給を大幅に上回り、求人倍率が10倍を超えることも珍しくありません。結果として、クリック単価(CPC)が高騰する求人広告だけでなく、成功報酬が年収の30%以上にもなる人材紹介サービスの利用も増え、一人当たりの採用単価が100万円を超えるケースが常態化しています。
アルバイト・パート採用 – 最低賃金の上昇と働き方の変化
最低賃金の上昇により、以前と同じ時給では求職者の関心を引けなくなりました。さらに、ギグワークの普及など働き方の選択肢が増えたことで、求職者はより条件の良い職場を求める傾向が強まっています。結果、企業は有料広告への出稿を強化せざるを得ず、アルバイト一人あたりの採用コストが5万円〜10万円に達することも、もはや特別なことではありません。
「無料採用」の隠れコスト – 時間と機会損失を削減する
「ハローワークや自社サイトを使っているから、うちは採用コストゼロだ」と考えるのは早計です。無料の採用活動にも、見過ごせない2つの「隠れコスト」が存在します。
- 時間コスト(人件費): 採用担当者が求人票の作成、応募者対応、面接に費やす時間。
- 機会損失コスト: ポストが空席である期間が長引くことで失われる、本来得られたはずの売上や生産性。
これらの隠れコストを削減し、実質的な採用コストを下げる方法は以下の通りです。
リファラル採用(社員紹介)の仕組み化
最もコストパフォーマンスが高い採用手法です。その効果は、他の手法と比較すると一目瞭然です。例えば、年収500万円の社員を1名採用するケースで考えてみましょう。
採用手法 | 採用コスト概算 | 備考 |
---|---|---|
人材紹介 | 約175万円 | 年収の35%と仮定 |
求人広告 | 約100万円 | 採用決定までの広告費累計 |
リファラル採用 | 約20万円 | 社員への報奨金 |
上記のように、人材紹介と比較して150万円以上、求人広告と比較しても80万円以上の直接的なコスト削減に繋がります。しかし、「誰か良い人いたら紹介して」と声をかけるだけでは機能しません。紹介者と被紹介者の両方に明確なインセンティブ(報奨金など)を用意し、紹介手順を簡略化するなど、社員が積極的に協力したくなる「仕組み」を構築することがコスト削減の鍵です。
自社メディア(採用サイト・SNS)の資産化
自社の採用サイトやSNSは、広告費をかけずに企業の魅力を直接伝えられる貴重な場です。重要なのは、単なる求人情報の置き場にしないこと。候補者が本当に知りたい、生々しい情報を発信し、「資産」として育てることが重要です。
発信すべきコンテンツとは?
- 他社との違いを明確にする: なぜこの会社で働くべきか?自社ならではの技術、文化、働きがいを具体的なエピソードで語る。
- 働く上での不安を払拭する: 「実際の残業時間は?」「子育てとの両立は可能?」「入社後の研修は?」など、候補者が口にしにくい質問に先回りして答える。
- 社員の顔を見せる: どんな人が働いているのか、社員インタビューやチーム紹介を通じて伝える。候補者は自身が働く姿をイメージしやすくなる。
【実例】株式会社メルカリのオウンドメディア「mercan (メルカン)」
同社のオウンドメディア「mercan」は、自社メディア活用の成功例として非常に有名です。単なる企業ニュースだけでなく、エンジニアによる技術的な解説記事、社員一人ひとりの入社経緯や働き方に迫るインタビュー、企業文化を伝える記事など、多岐にわたるコンテンツを発信。これにより、メルカリの「人」や「文化」に魅力を感じる質の高い候補者を惹きつけ、採用競争において強力な武器となっています。
有料広告の費用対効果を最大化 – 1円も無駄にしない運用術
Indeedなどのクリック課金型広告に頼っている場合、コスト削減の要諦は「いかに無駄なクリックを減らし、応募に繋がるクリックの質を高めるか」に尽きます。
求人票の徹底的な最適化
応募に繋がらないクリックは、コストの無駄遣いです。求職者が本当に知りたい情報(具体的な業務内容、給与の詳細、職場の雰囲気、キャリアパス)を網羅し、ターゲット人材が検索で使うであろうキーワードを職種名や本文に盛り込むことで、クリック率(CTR)と応募率(CVR)の両方を高め、結果的に応募単価(CPA)を下げることができます。
クリック単価(CPC)の能動的な管理
自動入札に任せきりにせず、応募が出やすい曜日や時間帯に予算を集中させ、反応の薄い時間帯は入札を抑制するなど、手動での細かな調整がコスト削減に直結します。また、競合が激しくCPCが高騰しすぎているキーワードから、少しずらした「関連キーワード」を狙う戦略も有効です。
広告代理店との付き合い方を見直す
もし代理店に運用を任せているなら、その関係性を見直すことも重要です。「丸投げ」はコスト増の温床になります。コストを抑制し成果を出すためには、自社が主導権を握り、代理店を「パートナー」として動かす意識が必要です。
代理店への依頼で確認すべきこと
- 明確なKPIを設定する: 「応募単価(CPA)を〇円以下に」「〇件の有効応募を獲得」など、具体的な数値目標を共有する。クリック数や表示回数だけを追わせない。
- ターゲット像を詳細に伝える: どんなスキル、経験、志向性を持つ人物が欲しいのか、ペルソナを具体的に伝える。これが広告文やターゲティングの精度を高める。
- 定期的(週次が理想)な報告会を要求する: 月次報告では遅すぎます。どの広告が、どのキーワードで、どれだけのコストを使い、何件の応募に繋がったか、詳細なデータに基づいた報告を求め、次のアクションを一緒に議論する。
- 改善提案を要求する: 「今月はこうでした」という結果報告だけでなく、「この結果を踏まえ、来週はこう改善します」という具体的な提案を代理店に求めましょう。
高コストな新卒イベントから脱却 – ROIを劇的に改善する思考法
数百万円の出展料がかかる大規模な合同説明会は、費用対効果が悪化しやすい代表例です。コストを下げるには、「量から質」への発想転換が不可欠です。
大規模イベントから、小規模・特化型イベントへシフト
大規模イベントには「多くの学生に一度に会える」「企業の知名度をアピールできる」というメリットがあります。しかし、その裏側には「出展料が高額」「有名企業も多数参加しており、自社が埋もれやすい」「学生は多くの企業を比較検討するため、一人あたりのエンゲージメントが低い」といったデメリットも存在します。
そこで有効なのが、「ニッチな場所で目立つ存在になる」という戦略です。全国規模の巨大イベントへの出展回数を減らし、その分の予算を大学主催の学内説明会や、理系学生限定などターゲットを絞った小規模イベントに振り向けましょう。参加学生数は減りますが、競合が少なく、自社に親和性が高い学生と深くコミュニケーションが取れるため、内定承諾率が高まり、結果として一人当たりの採用コストは下がります。
オンライン説明会の積極活用
オンライン説明会はコスト削減の強力なツールですが、メリットとデメリットを理解して活用することが重要です。
メリット
- 会場費、交通費、資料印刷費などの物理コストがゼロ
- 地理的な制約がなく、全国・海外の学生にアプローチ可能
- 録画して再利用すれば、一度の労力で継続的に情報提供できる
デメリット
- 対面の熱量や場の雰囲気が伝わりにくい
- 学生の集中力が持続しにくく、途中離脱が起こりやすい
- 通信トラブルのリスクがある
デメリットを克服するため、一方的な配信で終わらせず、チャットやQ&A機能、ブレイクアウトルームでの座談会などを活用し、双方向のコミュニケーションを活発に行い、学生を飽きさせない工夫が成功の鍵となります。
まとめ – 成果を維持し、コストを制する採用戦略への転換
人材獲得競争が激化する以上、採用コストの高騰は避けられない現実です。しかし、ただコストを垂れ流すのか、それとも賢くコントロールするのかで、企業の未来は大きく変わります。成果を維持しながらコストを下げるには、採用活動のプロセスそのものを考え直す必要があります。
従来の採用
大規模広告・イベントに多額を投資し、とにかく多くの応募者を集める
高コスト・高離職率・採用担当者の疲弊
戦略的採用への転換
まず「リファラル」「自社メディア」という低コストな土台を強化する
質の高い母集団を形成
土台からの応募で、自社にマッチした質の高い候補者群を確保する
データに基づき追加投資
不足分を補うために、ROIを厳格に管理しながら「有料広告」「特化型イベント」に戦略的に投資する
低コスト・高定着率・持続可能な採用活動
これからの採用は、まず「低コストな資産」を育てることに時間と労力を投資し、その上でROIを測定しながら「高コストな投資」を最適化すること。この両輪を回すことこそが、コスト高騰時代を乗り切る唯一の道です。