採用難と就職難が併存する、日本労働市場の「構造的歪み」

企業は「人手不足だ」と叫び、求人倍率は高水準で推移する。その一方で、スキルや経験があるにも関わらず「仕事が見つからない」と嘆く求職者も少なくない。さらに目を向ければ、人手不足倒産と並行して、企業の倒産件数自体も増加傾向にある。採用難、就職難、そして企業淘汰。この一見矛盾した現象が同時に進行する日本の労働市場は、もはや単純な「売り手市場」という言葉では説明できない、深刻な「構造的歪み」を抱えているのである。

なぜ、この不可思議な状況が生まれるのか

この問題の根源は、一企業の採用努力や個人の能力といったミクロな視点だけでは見えてこない。その正体は、戦後日本の経済成長を支えてきた雇用システムそのものが、現代社会の実情と乖離し、機能不全を起こしていることに他ならない。日本の労働市場を複雑にし、非効率にしている特有の「制度的」「文化的」要因を、公的なデータを基に解き明かす。

全国企業倒産件数の推移

年度倒産件数前年度比
2022年度6,948件+15.5%
2023年度8,881件+27.8%
2024年度10,070件+13.4%

出典:帝国データバンク「全国企業倒産集計」各年度報

企業の淘汰が加速しているにも関わらず、人手不足感は解消されていない。これは、求人が一部の業界・企業に偏在していることを示唆する。

要因1:供給源の枯渇 – 減少する「若手」労働力

多くの企業が求める「若手人材」。しかし、その供給源である若年層の人口は、構造的に減少し続けている。これは日本が抱える最も根源的な課題であり、採用市場における競争激化の直接的な原因となっている。

新規学卒者数の推移(大学・高校)

卒業年大学 (学部)高等学校
2015年約56.5万人約105.7万人
2020年約57.8万人約101.5万人
2024年約58.9万人約98.8万人

出典:文部科学省「学校基本調査」

大学卒業者数は微増しているものの、高校卒業者数は明確な減少傾向にある。高卒採用市場の厳しさと、大卒採用における熾烈な競争がデータから見て取れる。

この限られたパイを、業種・業界を問わず全ての企業が奪い合う構図が生まれている。特に、旧来の「新卒一括採用」に依存してきた企業ほど、この人口動態の変化の直撃を受け、深刻な採用難に陥っている。

要因2:制度疲労を起こす「メンバーシップ型雇用」の限界

日本の伝統的な「メンバーシップ型」雇用は、新卒者を組織の一員として迎え入れ、長期的な視点で育成するシステムだ。しかし、この制度が現代において深刻なミスマッチを生んでいる。企業は「即戦力」を求めつつも、評価基準や処遇は年功序列の枠組みから抜け出せない。一方で、専門スキルを持つ中途人材は、自らのスキルが正当に評価されず、職務内容も曖昧な企業を敬遠する。

日本の労働力人口の推移

総数うち15~64歳
2015年6,629万人5,986万人
2020年6,868万人5,946万人
2024年6,909万人5,969万人

出典:総務省統計局「労働力調査」

総数は微増しているが、これは高齢者の就労参加によるもの。経済の中核を担う生産年齢人口(15~64歳)は減少傾向にあり、働き手の中心層が先細っていることがわかる。

結果、企業は希少な「若手総合職」を奪い合い、スキルを持つ中途人材は「自らを活かせる場所がない」と感じる。このねじれこそ、採用難と就職難が併存する核心的な理由である。

要因3:流動性を阻む、根深い「文化的偏見」

制度的な問題に加え、労働市場の効率化を阻む文化的な偏見も根深い。「新卒至上主義」は、転職回数が多いことやキャリアのブランクに不寛容な空気を生み、経験豊富なミドル・シニア層の活躍を妨げている。また、ジェンダーバイアスにより、能力ある女性人材が十分に活用されていない現状も、社会全体の大きな損失である。

これらの偏見は、企業が採用可能な人材のプールを自ら狭めているに等しい。市場には多様な人材がいるにも関わらず、企業が無意識に設定した「若く、男性で、転職経験の少ない」という古い理想像に固執することで、自ら採用難を深刻化させているのである。

「構造的歪み」を直視し、企業と社会が共に変わる時

現代日本の採用市場が抱える問題は、単なる人手不足ではない。それは、旧来の雇用システムと社会の現実との間に生じた、深刻な「構造的ミスマッチ」に他ならない。企業は「人がいない」と嘆き、求職者は「仕事がない」と感じる。この歪んだ状況は、もはや個々の企業の努力だけで解決できる段階をとうに超えている。

真の解決策は、この構造的歪みそのものにメスを入れることにある。企業は、新卒や年齢といった属性で人をフィルタリングする旧弊を捨て、個人の持つスキルや経験を正当に評価する「ジョブ型」への移行を本気で検討しなければならない。それは、採用基準、評価制度、そして企業文化そのものの変革を意味する。この痛みを伴う改革なくして、企業の持続的な成長はあり得ない。これはもはや経営の選択肢ではなく、社会の要請なのである。

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