「ビズリーチで採用した優秀な人材が、すぐにまた転職してしまった」「タイミーで良い働き手を見つけたが、直接雇用の話には乗ってこない」。現代の採用市場で、多くの企業がこのような悩みを抱えています。これは、個々の人材の問題なのでしょうか。それとも、採用チャネルそのものに構造的な特性があるのでしょうか。
本記事では、ダイレクトリクルーティングとスキマバイトという二つの強力な採用チャネルが、本質的に「定着」ではなく「流動性」を前提とした人材の生態系であることを、心理学的な理論や構造分析を交えて解き明かします。そして、この事実を直視した上で、企業がとるべき新しい採用戦略を提言します。
1. 選ばれる優越感と取引関係 – ダイレクトリクルーティングの心理学
ビズリーチに代表されるダイレクトリクルーティングは、企業が「欲しい」人材に直接アプローチする、効率的な採用手法です。しかし、この仕組みは、登録者の心理に特有のバイアスを形成します。
「心理的契約」の変質
経営学における「心理的契約」とは、企業と従業員の間で交わされる、文章化されない暗黙の期待や約束事を指します。従来の終身雇用モデルでは、従業員が「忠誠心」を捧げる代わりに、企業が「長期的な雇用と安心」を提供するという「関係的契約」が主流でした。
しかし、ダイレクトリクルーティングの世界では、この契約が変質します。常に複数の企業からオファーを受け、自身の市場価値を意識する登録者は、企業に対して「私の高いスキルや専門性を提供する代わりに、より良い報酬や条件を提示せよ」という「取引的契約」を結びがちです。この契約において、「忠誠心」や「愛社精神」は、主要な交換条件ではありません。
常に「次」を探すマインドセット
良い条件のオファーを受け続けることは、一種の「成功体験」として、常に市場を意識し、より良い選択肢を探し続ける行動を強化します。その結果、「何か不満があれば、また別の会社に移ればいい」という、フットワークの軽いマインドセットが育まれるのです。これは、個人の資質というより、プラットフォームの構造が必然的にもたらす帰結と言えます。
2. 自由への希求 – スキマバイトに集まる人々の本音
タイミーなどのスキマバイト(ギグワーク)は、さらに純粋な形で「取引的契約」を体現しています。彼らの行動原理は、心理学の「自己決定理論」で説明できます。
この理論では、人間は「自律性(自分で決めたい)」「有能感(能力を発揮したい)」「関係性(他者とつながりたい)」という3つの欲求によって動機づけられるとされます。スキマバイトという働き方は、このうち「自律性」を最大化する一方で、「関係性」への欲求を意図的に切り離している点に特徴があります。
- 最大化される「自律性」:働く日時、場所、仕事内容をすべて自分で選べるという、究極の自由。
- 最小化される「関係性」:上司や同僚との長期的な人間関係、組織への帰属意識、シフト調整といったしがらみからの解放。
つまり、彼らにとって組織に「定着」することは、最も価値を置く「自律性」を失うことを意味しかねません。彼らが求めているのは所属ではなく、組織に縛られない自由そのものなのです。
3. 「流動人材」という共通項 – 採用チャネルの特性を理解する
ダイレクトリクルーティングの利用者とスキマバイトの働き手。両者は一見異なりますが、「組織への定着を第一としない、流動性の高い人材プール」という点で共通しています。企業側は、この特性を理解し、採用戦略を組み立てる必要があります。
| 採用チャネル | 主な利用者層 | 心理的契約のタイプ | 企業に提供する価値 |
|---|---|---|---|
| ダイレクトリクルーティング (ビズリーチなど) |
自らの市場価値を常に意識し、より良い条件を求めるキャリアアップ志向層。 | 取引的契約 (高スキル ⇔ 高報酬) |
専門性の高い「能力」 |
| スキマバイト (タイミーなど) |
組織に縛られず、自由な働き方を最優先する層。 | 超・取引的契約 (時間 ⇔ 即時報酬) |
即時性のある「労働力」 |
4. 採用戦略の新常識 – 「所有」から「利用」への発想転換
では、企業はどうすればよいのでしょうか。答えは、これらの採用チャネルに対する考え方を根本から変えることです。すなわち、人材を「長期的に所有する」という発想から、必要な期間だけ「能力を利用させてもらう」という発想への転換です。
「利用」を目的とすべきケース(ダイレクトリクルーティングやスキマバイトが最適)
- 特定のプロジェクト遂行:期間が限定されたプロジェクトで、高度な専門スキルが必要な場合。
- 専門職の確保:経理や法務など、組織文化への深い理解より、専門能力そのものが重要なポジション。
- 一時的な戦力補強:繁忙期や急な欠員など、即時性の高い労働力が必要な場合。
「所有」を目的とすべきケース(リファラル採用や新卒採用などが最適)
- 将来のリーダー育成:企業文化を深く理解し、次代を担う幹部候補を採用する場合。
- 組織文化の醸成:理念や価値観への共感を軸に、一体感のあるチームを作りたい場合。
- 暗黙知の継承:マニュアル化できないノウハウや技術を、時間をかけて継承する必要があるポジション。
「愛社精神」や「定着」を求めるのであれば、これらのチャネルは最適とは言えません。しかし、「この能力を、この期間だけ借りたい」という目的で活用するならば、これほど優れたツールはないのです。
ダイレクトリクルーティングやスキマバイトの普及は、働き手の価値観が「安定」や「所属」から「価値」や「自由」へと、不可逆的にシフトしている現実を映し出しています。企業がこの変化に嘆き、「最近の若者は定着しない」と不満を言うのは生産的ではありません。
重要なのは、旧来の「正社員=定着」という単一の物差しで人材を評価するのをやめることです。そして、自社の事業戦略に基づき、「このポジションには、長期的な関係性を築くべき『所有』すべき人材が必要か?」、それとも「特定の能力を借りるべき『利用』すべき人材で十分か?」を冷静に見極めること。この戦略的な使い分けこそが、現代の多様な採用チャネルを真に使いこなし、変化の激しい時代を勝ち抜くための、新しい人事の常識となるでしょう。

