物流大手SBSホールディングスが「10年以内にトラック運転手の3割を外国人材へ」という大胆な目標を掲げ、大きな注目を集めています。これは、日本の物流業界が直面する深刻な人手不足と、その解決策としての外国人材活用が、もはや待ったなしの経営課題であることを象徴しています。他社は、この動きから何を学ぶべきでしょうか。
なぜ今、運送業界で外国人ドライバーが増えているのか?
この動きの背景には、避けては通れない二つの大きな要因が存在します。
1. 物流の「2024年問題」
働き方改革関連法により、2024年4月からトラック運転手の時間外労働に上限(年間960時間)が設けられました。これにより、一人の運転手が一日に運べる量が減少し、従来通りの物流網を維持するためには、より多くのドライバーが必要になりました。この構造的な人手不足が、国内の労働力だけでは補えないレベルに達しているのです。
2. 在留資格「特定技能」による門戸開放
これまで、トラック運転手として就労できる外国人の在留資格は限られていました。しかし、政府は人手不足に対応するため、2022年に在留資格「特定技能」の対象分野に「自動車運送業」を追加。これにより、企業がトラック運転手として外国人材を正式に雇用する道が大きく開かれました。
厚生労働省の発表によると、2024年10月末時点で「運輸業・郵便業」で働く外国人労働者数は約12万人に達しています。中でも「特定技能」ビザで働く人材は、制度開始からわずか2年余りで数千人規模に急増しており、今後もこの流れは加速すると見られています。
【先進事例】大手各社はこう動いている
外国人ドライバーの採用は、単に人を集めるだけでなく、育成から定着までを見据えた包括的な取り組みが不可欠です。先進企業の具体的な事例を見てみましょう。
SBSホールディングス – 海外での「先行投資」モデル
同社の最大の特徴は、候補者となる人材を海外で直接発掘・育成する仕組みにあります。特にフィリピンでは、現地の有力大学である「セブ工科大学」と提携し、「SBSロジスティクス学科」を設置。卒業生を対象に、日本語や日本の交通法規、ビジネスマナーを学ぶための高度な教育プログラムを入国前から提供しています。
来日後は、グループ内の研修施設で日本の運転免許(準中型・中型)取得を全面的にサポート。給与を得ながら学べる環境を整え、スムーズな就労移行を実現しています。さらに、家具付きの社員寮を提供するなど、生活基盤の構築まで一貫して支援することで、長期的な定着と活躍を促しています。
参照: SBSホールディングス株式会社 ニュースリリース (2023年11月27日)
セイノーホールディングス -「地域共生」モデル
同社は、外国人材が地域社会に孤立しないよう、「共生」をテーマにした受け入れ体制を重視しています。本社を置く岐阜県や、営業所がある各地方自治体、地域の日本語学校と密に連携。「外国人材活躍支援協議会」といった場を通じて、地域全体で外国人ドライバーを支えるネットワークを構築しています。
業務面だけでなく、日本の文化や習慣に馴染めるよう、地域のイベントへの参加を促したり、生活上の悩みを気軽に相談できる窓口を設けたりと、きめ細やかなサポートを展開。既存の日本人社員に対しても異文化理解研修を実施し、会社全体で温かく迎え入れる文化の醸成に力を入れています。
参照: セイノーホールディングス株式会社 ニュースリリース (2024年1月12日)
NXグループ(日本通運) -「グローバルネットワーク」活用モデル
世界49の国・地域に拠点を有するグローバル企業としての強みを最大限に活かしています。海外の現地法人で働く優秀なスタッフに対し、日本での就労をキャリアパスの一つとして提示。既に自社の文化や業務内容を理解している人材を登用することで、入社後のミスマッチを最小限に抑え、即戦力化までの時間を短縮しています。
この方法は、単なる労働力の確保に留まらず、グループ全体のグローバルな人材交流を促進し、組織の多様性と活性化にも繋がっています。
参照: NIPPON EXPRESSホールディングス株式会社 お知らせ (2023年5月12日)
外国人ドライバー採用を成功させるための3つのステップ
これらの事例から、これから外国人ドライバーの採用を検討する企業が学ぶべき、成功へのステップを解説します。
ステップ1:採用ルートの確立と受け入れ態勢の準備
まず、自社が受け入れ可能な在留資格(主に「特定技能」)を正確に理解することがスタートラインです。「日本国内在住者」と「海外在住者」のどちらをターゲットにするかで、採用プロセスは大きく異なりますが、いずれの場合も外国人材を支援する詳細な「支援計画書」の作成と提出は必須です。
特に海外から人材を呼び寄せる場合は、さらに手続きが増えます。現地の「送出機関」と提携して人材を発掘し、オンラインで面接・内定を出した後、日本の受け入れ企業が本人の代理として「在留資格認定証明書(COE)」を日本の出入国在留管理局に申請します。このプロセスには数ヶ月を要するため、長期的な視点での計画が不可欠です。
ステップ2:安全に直結する「段階的な」教育・研修体制の構築
トラックの運転は人命に関わる仕事であり、教育に妥協は許されません。多言語対応の教材準備や、運転シミュレーターの活用、そして経験豊富な日本人ドライバーが指導員として同乗する「メンター制度」の導入が効果的です。特に、日本のトラック特有の車両感覚や、狭い道での運転技術、荷主との専門的なコミュニケーションなど、実践的なトレーニングを段階的に行うカリキュラムが求められます。
ステップ3:定着率を高める「公私にわたる」サポートと共生環境
最も重要なのが、仕事以外の生活面でのサポートです。言葉の壁は、仕事だけでなく病院での受診や役所の手続きなど、生活のあらゆる場面でストレスとなります。通訳サポートや、定期的な生活相談員との面談、さらには地域のイベントへの参加を促すなど、業務外の「おせっかい」とも言えるほどのサポートが、彼らの孤立を防ぎ、定着率を大きく左右します。「労働力」としてではなく、「仲間」として受け入れる姿勢が問われます。
結論 – 外国人採用は「覚悟」を持った経営判断である
「2024年問題」により、物流業界のドライバー不足は経営を揺るがす喫緊の課題となった。政府も「特定技能」の活用を後押ししており、外国人ドライバーの採用は、企業の存続をかけた現実的な選択肢となっている。
しかし、外国人材の採用は、単に求人を出して人を集めることではない。在留資格の複雑な手続き、安全運行のための徹底した教育、そして異国での生活を支える手厚いサポート体制の構築という、多大なコストと手間を伴う。
外国人ドライバーの採用を成功させる鍵は、経営層がこれを「短期的な労働力の補充」ではなく、「長期的な人材への戦略的投資」と位置づける覚悟を持つこと。SBSホールディングスのように、育成から生活支援まで一貫した体制を築き、彼らが安心して長く働ける環境を提供することこそが、未来の物流網を守り、企業の成長を支える唯一の道である。