採用は超困難、しかし離職は当たり前。この「高コスト・高リスク」な状況下で、多くの企業が採用戦略の根本的な見直しを迫られています。本記事では、応募数という「量」の追求から脱却し、定着する人材という「質」を見抜くための科学的アプローチを解説します。
採用と定着、二重の苦境
現在の日本企業が直面しているのは、単純な人手不足ではありません。多額の投資が常に失われ続ける「終わらない悪循環」です。
(広告費・紹介料)
(研修・OJT)
(固定費の増大)
(採用コストの再発生)
悪化の一途をたどる「売り手市場」
厚生労働省が発表する有効求人倍率は、日本の採用市場の厳しさを如実に示しています。2012年頃には0.8倍台だったこの数値は、2014年に1.0倍を突破して以降、一度も下回ることなく高止まりしています。コロナ禍で一時的に落ち込んだものの、過去10年以上にわたり「売り手市場」が常態化しており、これは一過性の現象ではなく構造的な問題であることを示唆しています。
加速する人材流出と「コストパフォーマンス」の崩壊
帝国データバンクの調査では、企業の約半数が人手不足を訴える一方で、厚生労働省の「雇用動向調査」では年間の転職者数が350万人を超える高水準で推移しています。特に、新卒入社した大卒者の約32%、高卒者に至っては約37%が3年以内に会社を去るという現実は、多くの企業が採用・育成コストを回収できずにいることを意味します。この「高コスト採用・短期離職」のサイクルこそが、現代の企業経営における最大の課題の一つです。
量の追求から「質」への転換 – “辞めない人材”を見抜く科学的アプローチ
この悪循環を断ち切る唯一の方法は、採用戦略のゴールを「応募数を集めること」から「定着し、活躍する人材を見抜くこと」へと根本的にシフトさせることです。そのためには、勘や経験に頼るのではなく、データに基づいた科学的なアプローチが不可欠です。
最初のステップ – 社内データの徹底分析
“辞めない人材”のヒントは、社内に眠っています。まず行うべきは、過去に離職した社員と、現在活躍している社員のデータを徹底的に分析することです。
- 離職者分析:退職理由(本音)、在籍期間、入社時の面接評価、入社動機などを分析し、「早期離職に繋がる共通パターン」を特定します。(例:「『成長したい』という動機で入社したが、配属先がルーティンワーク中心だった」など)
- 活躍人材分析:ハイパフォーマーの行動特性、価値観、入社動機を分析し、「自社で活躍・定着する人材の共通項(コンピテンシー)」を定義します。
この分析により、採用市場で探すべき人物像が具体的になり、採用のミスマッチを大幅に減らすことができます。
面接で見抜くための4つの実践的ポイント
分析で得た知見を基に、面接では以下の4つのポイントを重点的に確認します。
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1. 動機の一致(Motivational Alignment)
「なぜ当社なのか」という問いを深掘りし、候補者の根源的な動機と、企業の文化やビジョンが本当に一致しているかを確認します。「給与が高いから」といった表層的な理由だけでなく、その仕事を通じて何を実現したいのか、どんな価値観を大切にしているのかを、具体的なエピソードを交えて語ってもらいましょう。
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2. 現実的な仕事内容の事前提示(Realistic Job Preview)
意図的に、仕事の良い面だけでなく、厳しい面、地味な面、困難な面も正直に伝えます。「この業務は華やかに見えますが、実際は9割が泥臭いデータ入力です」といった具体的な情報開示です。これを聞いてもなお意欲を失わない候補者は、入社後のギャップによる離職リスクが格段に低くなります。
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3. 「グリット(Grit)」と「統制の所在(Locus of Control)」の確認
心理学の概念も有効です。「グリット」は困難に屈しない粘り強さ、「統制の所在」は物事の原因を自己(内的)と環境(外的)のどちらに求めるかという傾向です。「過去最大の失敗経験と、そこからどう立ち直ったか」を尋ねることで、彼らが逆境に強く、他責にしない人物かを見極めることができます。
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4. リファレンスチェックの徹底
最終候補者に対しては、前職の上司などから客観的な評価を得るリファレンスチェックが有効です。「彼の強みと、逆にどのようなサポートがあればもっと活躍できましたか?」といった具体的な質問を通じて、候補者の自己申告だけでは分からない実像を把握します。
採用のゴールは、内定を出すことではありません。採用した人材が入社後に定着し、活躍して初めて成功と言えます。
応募数という短期的な指標に惑わされず、データ分析に基づいた「質」を追求する採用アプローチへ。それこそが、終わらないコストのループから抜け出し、企業の持続的な成長を実現する唯一の道筋なのです。