採用したい若手ターゲットは、今、PCの前に座って求人サイトを眺めているのでしょうか。答えはNOです。彼らの1日は、その大半が手のひらの上の世界で完結します。旧来の採用手法がなぜ彼らに届かないのか、最新のデータからその理由を解き明かし、新時代の接点の作り方を考察します。
データで見る「若者のスマホ時間」の実態
まず、若者たちが一日にどれくらいの時間をスマートフォンに費やしているのか、そして「その中で何をしているのか」を見てみましょう。総務省情報通信政策研究所の調査が、衝撃的な実態を明らかにしています。
彼らは1日のうち約4時間をインターネットに費やしており、その大半がスマートフォン経由です。では、その4時間の中身はどうなっているのでしょうか。
- 動画投稿・共有サービス (45.1%)
- ソーシャルメディア (24.9%)
- コミュニケーション (15.2%)
- オンラインゲーム (10.0%)
- Webサイト閲覧 (4.8%)
このデータから読み取れる最も重要な事実は、「動画」と「SNS」が利用時間の大半(約70%)を占めている一方で、私たちがこれまで採用の主戦場と考えてきた「Webサイト閲覧(ブラウザでの検索活動)」は、わずか5%にも満たないということです。
なぜ従来の手法が若者に届かないのか
このデータは、なぜ「PCで求人サイトを検索し、応募する」という一昔前のモデルが機能しなくなったのかを明確に物語っています。理由は、行動様式の根本的な変化です。
- 行動の変化
- かつての「目的志向の検索」から、現在の「発見・消費型のコンテンツ視聴」へ。若者たちは、何かを知りたい時にブラウザで検索するのではなく、好きなアプリ(SNSや動画プラットフォーム)の中で、アルゴリズムによって推薦される情報を浴びるように消費しています。
- 接点の消失
- 企業がPC向けの求人サイトやSEO対策に力を入れても、若者たちがその土俵(ブラウザ検索)にいないため、そもそも出会う機会(接点)が生まれません。
企業がアプローチすべきなのは、彼らが日常的に時間を過ごす「アプリの中の世界」なのです。
スマホの中に「接点」を作る新戦略
では、具体的にどうすればスマホの中にいる若者たちにアプローチできるのでしょうか。鍵は、企業の論理を押し付けるのではなく、彼らの視聴文脈に寄り添うことです。
1.アルゴリズムを味方につける – SNSでの新たな「認知戦略」
多くの企業がやりがちな失敗は、「自社が伝えたいこと」(事業内容、立派な理念など)をそのままSNSで発信してしまうことです。しかし、ユーザーが求めていない情報は、誰にも見られず、リコメンドもされない「不毛な投稿」となってしまいます。
SNSのAIリコメンド機能は、ユーザーの「視聴時間」「いいね」「コメント」「シェア」といったエンゲージメントを基に、「その人がもっと見たくなるであろうコンテンツ」を推薦します。つまり、アルゴリズムを味方につけるには、まず採用や企業アピールを忘れ、「SNSユーザーとして面白い、役に立つコンテンツは何か」を考える必要があります。
目的は、直接的な会社アピールではなく、良質なコンテンツを通じて「あの面白い動画を出しているアカウントは、〇〇という会社なんだ」と繰り返し認知してもらい、親近感を育てることです。例えば、以下のようなアプローチが考えられます。
- 製造業の会社なら
- 自社の製品や技術をPRするのではなく、自社の高度な工作機械が金属を削り出す「見ていて気持ちいい」ショート動画を投稿する。ものづくりの面白さ自体がコンテンツとなり、自然と技術力の高さが伝わります。
- IT企業なら
- 自社のサービスを宣伝するのではなく、現場のエンジニアが「知っていると便利なPCショートカットキー3選」のような、すぐに役立つTIPS動画を発信する。視聴者は有益な情報を得ることで、発信元である企業に専門性と信頼性を感じます。
こうした間接的なアプローチによって、転職を考えていない潜在層の段階から企業のファンを育てていく。そして、彼らがいざ就職・転職を考えた時、真っ先に「あの面白い会社、求人出してないかな?」と思い出してもらうこと。これが、新しい時代のSNS採用戦略です。
2.広告戦略のパラダイムシフト
若者のブラウザ利用が激減しているという事実は、広告戦略の根本的な見直しを迫ります。彼らが「検索」しないのであれば、キーワードに入札する従来の「検索連動型広告(リスティング広告)」に多額の予算を投じても、接触できる可能性は極めて低いのです。
これからの採用広告の主戦場は、SNSです。Instagram、TikTok、Xなどのプラットフォームでは、ユーザーの年齢、性別、興味関心、行動履歴といった詳細なデータに基づき、極めて精度高くターゲットを絞った広告配信が可能です。これは、「探している人」にアプローチする検索広告とは異なり、転職を考えていない潜在層にまで自社の存在を「発見」してもらうための強力な武器となります。採用広告の予算は、検索エンジンからSNSへと大胆にシフトさせるべきです。
3.求職者の「アプリ利用文脈」を捉える
若者が使うアプリは、SNSや動画だけではありません。彼らの生活に密着した特定のアプリ内で接点を持つことも有効です。
- スキマバイトアプリの活用
- 「タイミー」などに代表されるアプリは、若者にとって日常的なツールです。まずは短期バイトで企業の雰囲気を感じてもらい、そこから長期アルバイトや正社員への登用へ繋げる「体験型採用」の入り口として機能します。
- リファラル採用の推進
- 社員が自社の魅力を友人・知人に紹介するリファラル採用は、信頼性が高く、質の高いマッチングが期待できます。紹介用のツールを整備し、社員がLINEなどのコミュニケーションアプリで気軽に情報を共有できる仕組みを整えることが重要です。
採用の主戦場は、もうスマホの中にある
若者の採用に苦戦する多くの企業が、未だに「PCブラウザ」という、彼らがほとんどいない場所でアプローチを続けているのが現状です。今回のデータが示すように、主戦場は完全に「スマートフォンのアプリ内」に移りました。
これからの採用担当者に求められるのは、SEOの知識よりも、SNSのトレンドを理解し、魅力的なコンテンツを企画する能力です。「検索キーワード」を分析するのではなく、「若者がどんなコンテンツに時間を費やしているか」を分析し、そこに自社のメッセージを溶け込ませていく。その視点の転換こそが、AI時代の採用活動を成功に導く唯一の道筋と言えるでしょう。