NXグループに学ぶ「戦略的人事異動」- 外部採用に頼らない、社内人材の最適配置術

多くの企業が、部門の人手不足を「外部からの採用」で解決しようと試み、採用コストの高騰とミスマッチのリスクに直面しています。しかし、その答えは、本当に会社の外にしかないのでしょうか。NXグループ(日本通運)のグローバルな人材登用戦略は、すべての企業に応用可能な「社内人材を最適配置する」という、組織力の根幹を成す取り組みの重要性を示唆しています。

なぜ「外部からの採用」は難しいのか? – 数値で見るリスク

まず、外部からの採用に潜むコストとリスクを、数値で具体的に見てみましょう。

1. 採用と育成にかかる直接コスト

中途採用で一人の正社員を採用するには、求人広告費や人材紹介手数料、面接官の人件費などを含め、一般的に100万円以上の採用コストがかかると言われています。さらに、採用した人材が一人前に業務をこなせるようになるまでの研修期間(OJTなど)を3ヶ月と考え、その間の給与や教育担当者の人件費を仮に150万円とすると、一人の人材を戦力化するまでに、少なくとも250万円の投資が必要です。

2.「早期離職」による壊滅的な損失

最大のリスクは、多大なコストをかけて採用した人材が、早期に離職してしまうことです。各種調査によると、中途採用者の約3割が3年以内に離職するというデータもあります。仮に、入社1年での離職率を20%と仮定しましょう。

一人の採用が失敗に終わった場合の損失は、採用コスト(100万円)と、戦力化しなかった期間の給与・教育コスト(仮に250万円)を合わせ、合計350万円にも上ります。20%の確率でこの損失が発生することを考えると、一人あたりの採用活動には、常に約70万円(350万円×20%)もの「見えないリスクコスト」が上乗せされているのです。この主な原因は、スキルは合っていても、企業文化に馴染めない「カルチャーミスマッチ」にあります。

NXモデルを国内企業に応用する -「戦略的人事異動」という発想

NXグループの戦略の本質は、「海外から人材を登用すること」ではなく、「企業文化を深く理解した、信頼できる人材を、最も必要とされる場所へ配置すること」にあります。この考え方は、グローバル企業でなくとも、あらゆる国内企業で応用可能です。

ケース1:地方拠点から本社への登用(幹部候補育成)

本社の企画部門に欠員が出たとします。東京で外部から採用する代わりに、地方拠点で高い成果を上げ、企業理念への共感も深いエース級の人材を、社内公募で本社に異動させます。これにより、ミスマッチのリスクなく、現場感覚を持った優秀な人材を確保できます。本人にとっても栄転であり、キャリアアップの機会となります。

ケース2:営業部門から開発部門への異動(顧客視点の強化)

製品開発部門が、顧客のニーズからずれたものばかり作っているとします。そこで、顧客の声を最もよく知る営業部門のトップセールスを、製品開発チームに異動させます。技術的な知識は入社後に教育しますが、彼がもたらす「生きた顧客視点」は、外部から採用した技術者にはない、何物にも代えがたい価値を持ちます。

ケース3:国内から海外進出拠点への派遣(企業文化の移植)

これから海外に進出する際、現地の責任者をどうするかが大きな課題となります。現地の優秀な人材をいきなり採用しても、本社の理念ややり方が浸透せず、失敗に終わるケースは少なくありません。そこで、まず本社の理念を体現できるエース社員を責任者として派遣します。彼が「生きた企業文化の伝道師」となることで、海外拠点の成功確率を飛躍的に高めることができます。

「戦略的人事異動」を成功させる組織力とは

この仕組みを機能させるには、単なる思いつきの異動ではなく、戦略を支える「組織力」が必要です。

1. 透明性の高い「社内公募制度」

従業員が自らのキャリアを主体的に考え、挑戦できる機会があることが重要です。上司による密室での推薦だけでなく、全社的にポジションが公開され、誰でも手を挙げられる公平な仕組みが、制度への信頼と従業員のエンゲージメントを高めます。

2. 異動を「キャリアアップ」と位置づける文化

人事異動が「左遷」や「厄介払い」といったネガティブなイメージを持たれていては、誰も挑戦しません。会社として、戦略的な異動を経験した社員が、その後より重要なポジションで活躍しているという実績を示し、「異動は成長の機会である」というポジティブな文化を醸成することが不可欠です。

3. 手厚い「学習・生活支援」プログラム

異動には、新しいスキルの学習や、場合によっては転居といった大きな変化が伴います。会社がその変化を全面的にサポートする姿勢を見せることが重要です。新しい業務に必要な研修プログラムの提供や、転居費用・住居の補助といった手厚い支援が、社員の「挑戦してみよう」という気持ちを後押しします。

結論 – 最高の候補者は、既に社内にいる

現状の認識

外部からの採用は、一人あたり数百万円のコストと、2〜3割の早期離職という高いリスクを伴う、極めて不確実性の高い活動である。

課題の理解

多くの企業が、社内に眠る「最もリスクが低く、最も忠誠心が高い人材プール」である既存社員の可能性を見過ごし、外にばかり目を向けてしまっている。

取るべき対策

採用の思想を「外部からの獲得」から「社内人材の最適配置」へと転換すべきである。NXグループの事例が示すように、透明な社内公募制度と手厚い支援を通じて人材の内部流動性を高めること。それが、採用コストとミスマッチのリスクを劇的に下げ、真の組織力を構築する、最も確実な一手となる。

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