毎日デスクに山積みになる、あるいは次々と受信する履歴書と職務経歴書。多くの採用担当者が、学歴や社名、転職回数といった表面的な情報だけで候補者をフィルタリングしてはいないでしょうか。しかし、それでは本当に優秀な人材を見逃し、ミスマッチな採用を繰り返す原因になりかねません。
職務経歴書は、候補者が自らをプレゼンテーションするために練り上げた「信号」に満ちたドキュメントです。その信号を正しく読み解く技術は、採用活動の成否を分ける重要なスキルです。本記事では、その技術を「初級」「中級」「上級」の3つのレベルに分けて解説します。
初級編 – 書かれている「事実」からリスク要因を洗い出す
初級編は、書面上の客観的な事実を正確に把握し、採用における潜在的なリスクを特定するフェーズです。ここでは解釈よりも、事実の確認に重点を置きます。
1. 転職回数と在籍期間
まず確認すべきは、転職回数とそのタイミングです。「1〜2年程度の短期間で転職を繰り返していないか」「特に20代後半から30代にかけて、一貫性のない転職が多くないか」といった点は、定着性を見極める上での注意信号となります。ただし、スタートアップ業界のように人材の流動性が高い、あるいは会社の倒産などやむを得ない理由がある場合もあるため、回数だけで判断するのは早計です。
2. 学歴の背景
学歴は、単に学校名や偏差値を見るだけではありません。例えば、難関大学に一般入試で入学した経歴は、目標達成に向けた継続的な努力ができる素養を示唆するかもしれません。一方、附属校からの内部進学の場合、別の強み(環境適応能力など)がある可能性も考えられます。これは優劣ではなく、「候補者がどのような環境で、どのような課題を乗り越えてきたのか」を理解するための一つの材料として捉えるのが重要です。
3. 職務経歴の空白期間
職歴に数ヶ月以上の空白期間がないかを確認します。もしあれば、その理由(留学、資格取得、病気療養、家族の介護など)は面接で必ず確認すべき項目です。理由が曖昧な場合、慎重な判断が必要になります。
中級編 – 「事実の連なり」から能力と動機を推測する
中級編では、点在する事実をつなぎ合わせ、候補者の専門性や思考の傾向、そして退職に至るであろう動機について「仮説」を立てていきます。この仮説が、面接で確認すべき質問の質を高めます。
1. 経歴の一貫性から「専門性」を測る
職務経歴に一貫した軸があるかを確認します。「IT業界の法人営業 → SaaS企業の営業マネージャー」といった経歴は、特定領域における専門性の深化を示唆します。一方で、「不動産営業 → 小売業のマーケティング → メーカーの人事」といった一見バラバラな経歴の場合、「多岐にわたる経験を持つゼネラリスト」という仮説と、「キャリアの軸が定まっていない」という仮説の両方が立てられます。面接では、そのキャリアチェンジの背景にある意図や目的を深掘りすることが重要です。
2. 企業規模や雇用形態から「役割」と「権限」を推定する
同じ「マーケティング担当」でも、大企業とスタートアップでは役割が全く異なります。大企業なら高度に専門化された業務(例:SEO分析のみ)、スタートアップなら広範な業務(広告運用からイベント企画まで全て)を担っていたと推測できます。また、正社員か契約社員かによって、任されていた責任や権限の大きさを仮説立てすることもできます。
3. 職歴から「退職のきっかけ」を予測する
どのような状況で会社を辞める傾向があるのかを予測します。例えば、「安定した大企業から、成長中のベンチャーへ転職」という経歴からは、「安定よりも裁量権や成長機会を求める」という価値観が読み取れます。逆に言えば、もし自社が官僚的な組織風土であれば、同じ理由で早期に離職する可能性を予測できます。これは、カルチャーフィットを見極める重要な手がかりです。
上級編 – 「書かれ方」から嘘や誇張を見抜く
上級編は、職務経歴書を「事実を記した書類」ではなく、「候補者による自己プレゼンテーション資料」と捉え、その内容を批判的に吟味するフェーズです。書かれていることは、多かれ少なかれ誇張(話を盛っている)されているという前提に立ち、その裏に隠された真実を探ります。
ポイント1:数字の裏側を暴く – その成果は「本物」か?
具体的な数字が書かれている実績は、一見信憑性が高く見えます。しかし、上級者はその数字すら疑い、その「構造」を読み解こうとします。
- 貢献度の特定
まず疑うべきは、「その数字は、本当にその人個人の成果なのか?」という点です。チームの成果をあたかも個人の成果のように記載するケースは後を絶ちません。「私が担当した製品の売上が200%成長しました」と書かれていても、それは市場全体の成長や、他のメンバーの貢献によるものかもしれません。「その成果の中で、あなたの具体的なアクションは何で、それによって数字はどう動いたのか」を問う準備が必要です。 - 再現性の確認
その成果は、再現性のある能力によるものか、それとも単なる幸運かを見極めます。優れた実績が、たまたま、偶然、ラッキーで生まれたものだったり、あるいは事実上、前任者の残した優れた仕組みや顧客基盤の成果だったりするケースは少なくありません。本当に優秀な人物は、成果に至ったプロセスや成功の要因を構造的に理解し、言語化できるはずです。「なぜその施策が成功したのか」「もし別の状況だったら、どう応用するか」といった問いに明確に答えられるかどうかが、本物の実力を見抜く鍵となります。
ポイント2:実績と役割の「論理矛盾」
記載されたスキルや実績と、実際の役職や経歴との間に矛盾がないかを確認します。「高いリーダーシップを発揮」と書いてあるにもかかわらず、過去の経歴で一度も管理職を経験していない場合、そのリーダーシップとは具体的にどのようなものだったのか、慎重に確認する必要があります。
ポイント3:「抽象的な言葉」に逃げていないか
数字の深掘りと同様に、抽象的な言葉で成果を語る候補者にも注意が必要です。「売上向上に貢献」「業務効率化を推進」といった表現は、具体的に語れる実績がないことの裏返しかもしれません。信憑性の高い職務経歴書は、「誰が読んでも同じ情景が思い浮かぶ」ほど具体的です。抽象的な記述が多ければ多いほど、面接での厳しい事実確認が求められます。
履歴書や職務経歴書は、候補者の真実をすべて映し出す魔法の鏡ではありません。むしろ、それは候補者が「こう見られたい」と願う姿を映した、巧みなプレゼンテーション資料です。
したがって、書類選考のゴールは、完璧な人材を紙の上だけで見つけ出すことではありません。書面から候補者の能力、動機、そして潜在的なリスクに関する鋭い「仮説」をいくつも立て、それを面接という場で一つひとつ検証していくこと。このプロセスこそが、採用の精度を飛躍的に高めます。書類選考とは、フィルタリングの作業ではなく、戦略的な人材評価の第一歩なのです。

