日本の賃金覚醒 – 過去データと10年後シミュレーション、採用戦略の新ルール

「失われた時代」と呼ばれた長い賃金停滞期を経て、日本の給与は今、歴史的な転換点を迎えています。この構造変化は、企業の採用活動を「経営戦略そのもの」へと変貌させました。本記事では、過去のデータと未来のシミュレーションを基に、これからの採用で勝ち抜くための新たなルールを解説します。

近年の賃金動向 – 「停滞」から「覚醒」へ

まず、日本の賃金がどのような道を辿ってきたのかを振り返ります。連合(日本労働組合総連合会)が毎年発表している春闘の平均賃上げ率は、その動向を明確に示しています。

春闘 平均賃上げ率の推移(2015年~2025年)
0% 2% 4% 6% 3.58% 5.28% 5.17% 2015 2020 2025
201520162017201820192020 20212022202320242025
2.38%2.14%2.00%2.08%2.07%1.90% 1.78%2.07%3.58%5.28%5.17%
歴史的な賃上げとその背景

上のグラフが示すように、2022年まで賃上げ率は長らく2%前後で推移しました。しかし、この状況が2023年以降に劇的に変化します。2023年に3.58%、2024年には5.28%、そして2025年も5%台と、過去30年間で見られなかった極めて高い水準が続いています。この背景には、以下の3つの要因が複合的に絡み合っています。

  • 歴史的な物価上昇
    原材料価格の高騰などを背景に物価が上昇し、従業員の生活を守るための「防衛的な賃上げ」が不可欠となりました。
  • 深刻な人手不足
    構造的な労働力人口の減少により、企業は人材確保のため、待遇改善による魅力向上を迫られています。
  • 政府・社会からの圧力
    「成長と分配の好循環」を目指す政府の方針や、社会全体の賃上げムードが企業への強いプレッシャーとなっています。

【未来予測】10年後の平均給与 – 3つのシミュレーション

では、この賃上げの潮流は今後どうなるのでしょうか。国税庁の統計による現在の日本の平均給与約458万円を基に、10年後(2035年)の姿を3つのシナリオでシミュレートします。

シナリオ 前提(年平均賃上げ率) 10年後の平均給与(試算)
① 高成長シナリオ 3.0%
(物価2%+生産性1%)
約615万円
② 低成長シナリオ 1.5%
(物価1%+生産性0.5%)
約531万円
③ 停滞シナリオ 0.5%
(物価上昇に追いつかず)
約482万円

この試算は、年平均の賃上げ率を仮定した複利計算に基づいています。内閣府や日本経済研究センターなどの予測を総合すると、多くの専門機関は日本のデフレ完全脱却を前提としており、上記の「低成長」から「高成長」シナリオの中間で推移するとの見方が優勢です。今後10年で平均給与が500万円台後半から600万円に達することは、十分に現実的な未来として捉えられています。

賃金上昇時代の新ルール – 採用は「経営戦略」である

この未来予測は、採用戦略のあり方を根本から問い直します。

人件費 vs システム投資の「転換点」

賃金上昇は、人件費とテクノロジー投資のコストバランスを劇的に変化させます。例えば、年間600万円の人件費がかかる業務があったとします。これを代替するシステムやロボットの導入・維持コストが年間500万円であれば、投資に踏み切る方が合理的です。10年後の平均給与が600万円を超える時代には、「人を採用するより、システムを導入する方が安い」という判断が、多くの企業で当たり前になる可能性があります。

賃金は「避けて通れない」最重要ファクター

一方で、人でなければできない業務において、賃金は採用競争における最も重要な武器となります。株式会社マイナビの「大学生就職意識調査」では、学生が企業選択をする際に重視する項目として「給料のよい会社」は常にトップクラスに挙げられます。

企業理念や働きがいも重要ですが、ベースとなる給与水準が市場から見劣りしていては、優秀な人材の獲得競争のスタートラインに立つことすらできません。物価、賃金、金利が上昇する時代において、採用戦略は人事部門だけの課題ではなく、事業の利益構造と投資計画に直結する、まさに経営戦略そのものなのです。

日本の「安い労働力」の時代は、終わりを告げました。

これからの企業に求められるのは、高い生産性を実現し、上昇し続ける人件費を吸収できるだけの強固な収益基盤です。採用の成功は、魅力的な給与と将来性を提示できる事業の力に懸かっています。賃金動向を正しく理解し、自社の事業戦略と連動させた採用計画を立てることこそが、この新しい時代を勝ち抜くための唯一の道です。

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