なぜ採用コストは上がり続けるのか?データで解き明かす「1人100万円時代」の現実

「気づけば採用関連の予算が倍になっていた…」多くの経営者や人事担当者が、採用コストの急激な高騰に頭を悩ませています。かつてない人材獲得競争の中、企業の採用費用はなぜ、そしてどこまで上がり続けるのでしょうか。
本記事では、大手人材会社の調査データを基に採用コストの現状を徹底分析。採用単価だけでなく、見過ごされがちな「離職コスト」にも焦点を当て、コスト高騰時代を賢く乗り切るための費用対効果の高い採用戦略を考察します。

① 「1人100万円超」が当たり前の時代に

株式会社リクルートが発表した「就職白書2024」によると、2023年度の中途採用における1人あたりの平均採用コスト(採用単価)は、過去最高の103.3万円に達しました。特に、従業員数99名以下の中小企業においては、採用競争の激化から大企業以上にコストがかかるケースも報告されており、まさに「1人100万円」が採用活動の前提となりつつあります。

このコスト高騰は、単なる景気回復の影響だけではありません。生産年齢人口の減少による「人材獲得競争の激化」、Web広告やSNSなど「採用手法の多様化・複雑化」、そして企業の口コミサイトなどで情報を吟味する「求職者の目の高度化」という、3つの構造的な要因が絡み合って、企業の採用費用を押し上げ続けているのです。

この「1人100万円」という数字は、単なる採用費用の目安ではなく、企業が人材を獲得するために払うべき「対価」が、いかに高まっているかを如実に示しています。もはや採用は、単なる人事部門の業務ではなく、経営戦略の根幹をなすものと捉える必要があります。この現実を深く理解し、費用を「コスト」ではなく「未来への投資」と捉える視点を持つことが、持続可能な企業成長の鍵となります。

② 職種別・クリック単価と応募単価のリアルな相場

Web採用の中心であるIndeedなどの求人検索エンジンは、求人がクリックされる毎に課金される「クリック課金(CPC)型」が主流です。このクリック単価は、職種や地域の人気度によって常に変動します。当然、人気が高く、求職者が少ない職種ほど単価は高騰します。

HR系マーケティング会社「株式会社ネットオン」などの調査データを参考にすると、職種別のクリック単価には以下のような相場観があります。このデータは、Indeedなどの求人検索エンジンで、求職者があなたの求人を見るためにどれくらいの費用がかかるかの目安を示しています。

職種別クリック単価(CPC)の目安

上記のグラフが示すように、職種によってクリック単価には大きな差があります。特に需要が高いITエンジニアなどでは、一度求人を見てもらうだけでも高額な費用がかかることがわかります。これは、限られた人材を多くの企業が奪い合っている市場の現実を反映しています。

そして、このクリックを経て応募に至る割合(応募率/CVR)は、一般的に1%~2%程度と言われています。つまり、100回クリックされて、ようやく1件か2件の応募が来るのが現実です。これを基に計算した「応募1件あたりの単価(CPA)」の目安が以下のグラフです。クリック単価とは異なり、実際に一人の応募者を獲得するためにどれくらいの費用がかかるかを示す、より実態に近い数字です。

職種別応募単価(CPA)の目安(応募率1.5%で試算)

人手不足が特に深刻な「ITエンジニア」や「施工管理」では、応募を1件獲得するだけで5万円以上のコストがかかることも珍しくありません。この応募単価は、広告費だけでなく、求人票の魅力や、企業の知名度、業界の競争状況など、様々な要因によって変動します。自社の採用コストがこの相場と比べてどうなっているか、一度比較してみることが重要です。もし相場よりも高いCPAとなっている場合、広告費の使い方も含め、求人内容や採用プロセス全体の見直しが必要かもしれません。

③ 見過ごされる最大のコスト「早期離職」という名の“負債”

しかし、採用活動のコストは、応募単価や採用単価だけで測ることはできません。人事担当者が最も恐れるべきなのは、多額のコストをかけて採用した人材が、早期に離職してしまうことです。これは、企業にとって文字通り「負債」となる見過ごされがちな最大のコストです。

厚生労働省の調査では、大学を卒業して3年以内に離職する人の割合は、平均で約3割にのぼります。特に宿泊・飲食サービス業などでは、その割合は5割近くに達します。もし100万円かけて採用した社員が1年で辞めてしまったら、その100万円は完全に無駄になるだけでなく、以下の「見えざるコスト」が追加で発生し、トータルで採用コストの2~3倍以上の損失に繋がりかねません。

  • 再採用コスト:辞めた人の穴を埋めるため、再び同額またはそれ以上の採用コストがかかります。
  • 教育・研修コスト:その人が受けた入社時研修やOJT、指導にあたった先輩社員の時間(人件費)が無駄になります。
  • 生産性低下の損失:新しい社員が定着・戦力化するまでの期間の生産性の低下、本来その人が生み出すはずだった利益の逸失、プロジェクトの遅延などが起こります。
  • 社内モチベーションの低下:早期離職が続くと、既存社員のモチベーションやエンゲージメントが低下し、「この会社は定着率が低い」というネガティブな空気が生まれる可能性があります。
  • 企業ブランドへの悪影響:離職者が企業の口コミサイトなどでネガティブな情報を発信した場合、それが企業の採用ブランドを毀損し、今後の採用活動に悪影響を与えるリスクもあります。
採用活動のゴールは、「入社」ではありません。
「定着し、会社に貢献し、活躍してもらう」ことです。
採用コストを議論する際は、この「離職によって発生するトータルコスト」という視点を決して忘れてはなりません。

④ 費用対効果で考える、これからの採用戦略

コスト上昇と早期離職のリスクを前に、企業が取るべき戦略は明確です。「いかに費用を抑えるか」から、「かけた投資をいかに回収し、最大化するか」へと発想を転換する必要があります。以下の3つの戦略は、単なるコスト削減に留まらず、採用の質と定着率を高めるための本質的なアプローチです。

  • 採用と定着を一体で考える
    採用活動は入社で終わりではありません。入社後のミスマッチを防ぐためには、求人票や面接の段階から、仕事の「リアル」を正直に伝えることが不可欠です。良い側面だけでなく、この仕事の難しさや、乗り越えるべき課題も隠さずに伝えましょう。これにより、入社後の「こんなはずじゃなかった」というギャップを最小限に抑え、候補者が企業の文化や価値観に本当にフィットするかを慎重に見極めることができます。結果として、早期離職のリスクを大幅に削減し、採用コストの無駄をなくします。
  • 費用対効果の高いチャネルに投資を集中する
    高額な求人広告に依存するのではなく、より費用対効果の高い採用チャネルに注力しましょう。特に、社員の紹介で採用する「リファラル採用」は、信頼性の高い人材を低コストで確保できる最も効果的な手法の一つです。社員が「この会社で働いてほしい」と思える魅力的な職場環境づくりが大前提となりますが、紹介制度の整備や社内での積極的な周知、紹介プロセスの簡略化など、「仕組み化」することで継続的な採用パイプラインを構築できます。また、自社の採用サイトや公式SNSを活用したコンテンツマーケティング(「 Employer Branding」)も、高額な広告費に頼らず、企業の魅力を長期的に発信し、潜在層にアプローチするための重要な「守り」の戦略です。
  • 「応募後」の体験を最高のものにする
    求職者は、応募後の企業の対応を非常に厳しく見ています。応募から面接、内定、そして入社後までの「候補者体験(Candidate Experience)」を最高のものにすることで、企業のブランド価値を高め、入社意欲を劇的に向上させることができます。迅速かつ誠実なコミュニケーション、面接における候補者への敬意、丁寧なオンボーディングプロセスなどは、単に採用に繋がるだけでなく、入社後のエンゲージメントに直結し、結果として早期離職のリスクを大きく低減させます。不採用通知一つにも、企業の姿勢が問われる時代です。
採用コストは、単なる「費用」ではありません。企業の未来を創るための「投資」です。
入り口の採用活動だけでなく、出口の定着支援まで。そのすべてを一体として最適化することが、コスト高騰時代を勝ち抜く唯一の道です。
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