「求人を出しても応募が来ない」「優秀な人材は大手企業に流れてしまう」――。多くの中小企業にとって、正社員採用はますます困難な経営課題となっています。コストと時間をかけても、望む成果が得られない状況に、疲弊している担当者も少なくないでしょう。
しかし、もしこの問題の解決策が「採用」の外にあるとしたらどうでしょうか。本記事では、発想を転換し、「正社員として採用しない」という選択肢、すなわちフリーランスや業務委託パートナーの活用に焦点を当てます。公的データに基づき、なぜ今フリーランス活用が有効なのか、そしてそのメリットと注意点を徹底解説します。
データで見る「正社員採用」の厳しい現実
まず、現在の採用市場がいかに厳しいか、客観的なデータで確認しましょう。厚生労働省が発表する有効求人倍率は、企業の求人数と求職者数のバランスを示す指標です。
東京の有効求人倍率(2025年5月時点・想定)
約1.8倍
これは、求職者1人に対し、1.8件の求人がある状態、つまり企業側が圧倒的に不利な「売り手市場」であることを示しています。特にITエンジニアなどの専門職では、この倍率はさらに跳ね上がります。
(※この数値は説明のための想定値です。最新の公式発表をご確認ください。)
この状況下で、知名度や待遇面で大企業に劣る中小企業が、同じ土俵で正社員の椅子をめぐって戦うのは、極めて分が悪いと言わざるを得ません。採用活動そのものが、多大なコストと労力を要する「ギャンブル」になりつつあるのです。
もう一つの巨大な人材市場 – フリーランスの実態
一方で、日本の働き方は大きく変化しており、「会社に属さない」プロフェッショナルたちが急増しています。彼らこそが、採用難時代の新たな希望となり得ます。
日本のフリーランス人口
約462万人
これは、役員を除く雇用者全体の約12人に1人に相当する規模です。労働市場において、もはや無視できない巨大な存在となっています。
(出典:内閣官房「フリーランス実態調査結果」)
彼らは、特定のスキルに特化したエンジニア、マーケター、デザイナー、コンサルタントなど多岐にわたります。企業に縛られず、自らの専門性を武器に複数のプロジェクトで活躍する。こうした働き方が、今や特別なものではなくなっているのです。
【追加】多様化するフリーランスの働き方 – 職種と契約形態の実例
フリーランスは、もはや一部のクリエイティブ職だけの働き方ではありません。スタートアップから大企業まで、あらゆる規模の会社が、様々な形で彼らの専門性を活用しています。
どのような職種で活躍しているのか?
特に専門性が高く、プロジェクト単位で成果を出しやすい職種でフリーランスの活用が進んでいます。
- IT・開発系:Webサイト制作、アプリケーション開発、インフラ構築、データ分析など。
- クリエイティブ系:Webデザイン、UI/UX設計、ロゴ制作、動画編集、ライティングなど。
- マーケティング系:SEOコンサルティング、広告運用代行、SNSアカウント運用、広報・PR支援など。
- 専門職・コンサル系:経営戦略、新規事業開発、人事制度設計、経理・財務支援など。
- バックオフィス系:オンラインアシスタント、経理入力代行、カスタマーサポートなど。
どのような契約形態があるのか?
企業とフリーランスの契約は、主に以下の3つの形態に分類されます。業務内容や目的に応じて最適な形を選ぶことが重要です。
1. プロジェクト型契約(請負契約)
「このWebサイトを制作する」「このアプリを開発する」といったように、成果物の完成を目的とする契約です。納期と金額を事前に決め、フリーランスは自己の裁量で業務を進めます。
例:Webサイト制作一式を3ヶ月で50万円で契約。支払いタイミングは着手時と納品時の2回。
2. 時間単価型契約(準委任契約)
システムの運用保守やコンサルティングなど、成果物を明確に定義しにくい業務で用いられます。専門的な業務の遂行そのものを目的とし、稼働時間に応じて報酬を支払います。(IT業界のSES契約に近いですが、より柔軟なケースが多いです)
例:週20時間、時給4,000円でマーケティング支援を依頼。月末締めで稼働時間分の報酬を支払う。
3. 顧問契約
特定の分野の専門家(技術顧問、経営顧問など)に、継続的なアドバイスやレビューを依頼する契約です。月額固定報酬で、企業の意思決定をサポートしてもらうことを目的とします。
例:月額10万円で、新規事業に関する技術的なアドバイスを月に2回の定例会で受ける。
「採用成功率」が上がる本当の理由 – アプローチできる人材プールが劇的に広がる
フリーランスの活用は、単に人件費を変動費化できるというメリットだけではありません。最大の利点は、アプローチできる人材の母集団(タレントプール)そのものを劇的に拡大できる点にあります。
正社員採用では、「転職を考えている人」しかターゲットにできません。しかし、フリーランス活用なら、「転職は考えていないが、スキルを活かして副業したい優秀な会社員」や「育児・介護でフルタイムは無理だが、短時間なら働けるベテラン」といった、従来の採用市場には現れない”隠れた逸材”にもアプローチできるのです。
(フリーランス市場を含む)
転職市場
上図が示すように、ターゲットを広げることで、これまで出会えなかった優秀な人材と巡り会う確率は格段に上がります。これが、実質的な「採用成功率」の向上に繋がるのです。正社員採用で100社と競うより、まだ競合の少ないフリーランス市場で、いち早く優秀な人材とパートナーシップを結ぶ方が、はるかに合理的と言えるでしょう。
フリーランス活用の注意点 – 3つの課題と対策
もちろん、フリーランス活用は万能薬ではありません。メリットを享受するためには、いくつかの課題に正しく向き合う必要があります。
課題1:情報セキュリティと機密保持
社外の人間が企業の内部情報にアクセスするため、情報漏洩のリスクは常に伴います。特に開発情報や顧客データなど、機密性の高い情報を扱う場合は細心の注意が必要です。
▶ 対策:契約時に秘密保持契約(NDA)を確実に締結する。アクセスできる情報の範囲を業務上最低限に制限する。重要データは社内サーバーでのみ扱うルールを徹底する。
課題2:品質・コミットメントのばらつき
フリーランスはスキルや責任意識に個人差が大きいため、期待した品質の成果物が得られない、あるいは連絡が途絶えてしまうといったリスクがあります。複数のクライアントを抱えている場合、自社へのコミットメントが低くなる可能性も考慮すべきです。
▶ 対策:過去の実績(ポートフォリオ)をしっかり確認する。契約前にトライアル期間を設ける。業務内容と成果物を明確に定義した契約書を作成する。進捗を細かく確認する。
課題3:ノウハウの属人化と社内への蓄積
業務を外部人材に依存しすぎると、その人が離れた際にノウハウが社内に残らず、事業継続性が損なわれる恐れがあります。これはフリーランス活用における最大の課題の一つです。
▶ 対策:業務マニュアルやドキュメントの作成と提出を契約内容に含める。定期的に社内メンバーとの情報共有会を実施する。契約終了時には、必ず引き継ぎ期間を設ける。
まとめ – 「雇用」から「協業」へ。新しい人材戦略のすすめ
正社員採用が困難を極める時代において、フリーランスの活用は、もはや単なるコスト削減や一時的なリソース確保の手段ではありません。それは、自社の弱点を補い、事業成長を加速させるための、極めて戦略的な人材獲得手法です。
重要なのは、考え方を「雇用」から「協業」へとシフトさせることです。企業と個人が対等なパートナーとして、プロジェクトベースで協力し、共に価値を創造していく。この新しい関係性を柔軟に築ける企業こそが、これからの人材獲得競争を勝ち抜き、持続的な成長を遂げていくことができるでしょう。
もし、あなたの会社が採用の壁にぶつかっているのなら、一度立ち止まり、「本当に正社員でなければならないのか?」と問い直してみてください。その答えの先に、新しい出会いと可能性が広がっているはずです。