「挑戦を喜ぶ人」と「安定を求める人」- 心理学で解き明かす、採用すべき人材の見極め方

「新規事業の立ち上げを任せたいのに、誰も挑戦したがらない」「マニュアル通りの仕事は完璧だが、少し応用を求めると途端に手が止まってしまう」。多くの企業が、このような人材に関する悩みを抱えています。なぜ、人は困難な業務に対して、これほど異なる反応を示すのでしょうか。

それは、単なる「性格」や「やる気」の問題ではありません。人の脳や心の中にある、物事の捉え方の根本的な「OS」の違いに起因します。本記事では、スタンフォード大学のキャロル・ドゥエック教授が提唱した「マインドセット理論」などの学術的知見を基に、この違いを解き明かし、企業が自社に本当に必要な人材を見抜き、採用し、定着させるための戦略を解説します。

1. なぜ人は「挑戦」を喜ぶか、避けるのか – 2つのマインドセット

人の能力観は、大きく2つのマインドセット(心のOS)に分かれるとされています。どちらのマインドセットを持っているかによって、困難な課題に直面した際の行動が大きく異なります。

「成長マインドセット(Growth Mindset)」- 挑戦を“糧”と捉える人々

「人間の能力は、努力や経験によって成長させることができる」と信じているマインドセットです。彼らにとって、困難な業務や失敗は、自分を成長させるための絶好の「学習機会」です。未知の課題に直面すると、脳は活性化し、ドーパミンなどの神経伝達物質が放出され、喜びや意欲を感じます。彼らは、挑戦そのものに価値を見出すのです。

「固定マインドセット(Fixed Mindset)」- 挑戦を“脅威”と捉える人々

「人間の能力は、生まれつき決まっていて、変わらない」と信じているマインドセットです。彼らにとって、困難な業務は、自らの「能力の無さ」が露呈するかもしれない「脅威」となります。失敗を恐れるあまり、自分の能力で確実にこなせる、予測可能な業務を好む傾向があります。難しいことをやらされそうになると、強いストレスを感じ、その状況から逃れたい(辞めたい)と考えます。

重要なのは、どちらが優れているという話ではないということです。イノベーションを生み出すには成長マインドセットの人材が不可欠ですが、確立された業務をミスなく安定的に遂行するには、固定マインドセットを持つ人材の慎重さが強みとなります。

2. 採用の前にすべきこと – 求める人材に合わせた「組織設計」

採用の失敗の多くは、このマインドセットの違いを考慮せずに、全ての人材を同じ基準で評価し、同じ環境で働かせようとすることから生じます。求人原稿を書く前に、まず「自社のこのポジションは、どちらのマインドセットの人材が活躍できる場所なのか」を定義し、それに合わせて業務を設計する必要があります。

「挑戦を喜ぶ人(成長マインドセット)」向けの組織設計
  • 業務内容
    0→1の新規事業開発、未開拓市場への挑戦、答えのない課題解決など、不確実性が高く、裁量が大きい仕事。
  • 評価制度
    結果だけでなく、挑戦したプロセスや失敗から学んだ経験も評価する。成果に応じたインセンティブなど、ハイリスク・ハイリターンな報酬。
  • 文化
    失敗を許容し、そこからの学びを奨励する文化。「まずやってみよう」が奨励される環境。
「安定を求める人(固定マインドセット)」向けの組織設計
  • 業務内容
    確立されたマニュアルに基づく定型業務、品質管理、既存システムの保守・運用など、正確性と再現性が求められる仕事。
  • 評価制度
    ミスの少なさ、業務の正確性、プロセスの遵守などを高く評価する。安定した給与と、勤続年数に応じた昇給。
  • 文化
    リスクを最小化し、安定稼働を最優先する文化。「決められたことを、着実に」が評価される環境。

3. 求める人材に「響く」求人原稿の作り方

社内の業務設計が固まって初めて、その内容を正直に反映した求人原稿を作成できます。ターゲットとするマインドセットに応じて、伝えるべきメッセージは全く異なります。

項目 挑戦を喜ぶ人(成長マインドセット)向け 安定を求める人(固定マインドセット)向け
キャッチコピー 「答えのない課題に、共に挑みませんか?」「失敗を恐れず、10Xの成長を目指す仲間を募集」 「創業50年の安定基盤で、着実なキャリアを。」「確立されたプロセスで、質の高い仕事を追求」
仕事内容 0→1の事業立ち上げ、新規市場開拓、未知の技術のR&Dなど、不確実性の高い業務を強調。 既存事業の改善、品質管理、マニュアルに基づく運用業務など、再現性と正確性が求められる業務を強調。
求める人物像 「学習意欲」「自己成長意欲」「変化への適応力」「当事者意識」といったキーワードを多用する。 「誠実性」「責任感」「注意力」「協調性」といったキーワードを多用する。
評価・報酬 成果に応じたインセンティブ、ストックオプションなど、予測不能だが大きなリターンの可能性を示唆する。 安定した月給、充実した福利厚生、明確な昇給テーブルなど、予測可能性と安定性をアピールする。

採用の成功は、単に「優秀な人」を見つけ出すことではありません。自社が用意した「舞台(組織・業務)」と、候補者の持つ「脚本(マインドセット)」が、完璧に一致して初めて、その人材は輝き、会社に定着し、貢献してくれるのです。

多くの企業が犯す過ちは、挑戦的な環境を求める人材に安定を説いたり、安定を求める人材に無謀な挑戦をさせようとしたりすることです。まずは自社の現状を正直に見つめ、どちらの人材を本当に必要としているのかを定義する。そして、そのターゲットに対して、誠実で一貫性のあるメッセージを、組織設計から求人原稿まで、あらゆる場面で発信し続けること。

この戦略的な一貫性こそが、採用のミスマッチを無くし、企業と個人の双方にとって幸福な関係を築くための、最も確実な道筋となります。

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