「明日、1人だけ人手が欲しい」- そんな企業の需要に即座に応える「スキマバイト(スポットワーク)」。しかし、その手軽さの裏で「企業側からの直前キャンセルによる賃金未払い」といったトラブルが多発。この事態を受け、厚生労働省が新たな見解を公表しました。これは、企業のリスク管理に直結する重要な変更です。
厚労省の新見解 – その核心とは?
2025年7月4日、厚生労働省はスキマバイトに関するトラブル防止のため、新たな見解をリーフレットにまとめ、関係団体に周知を要請しました。その核心は、これまで曖昧だった「契約成立のタイミング」と「キャンセル時の責任」を明確化した点にあります。
「応募=契約成立」という原則
まず、厚労省は「特段の合意がない限り、募集に対し働き手が応募し、使用者がこれに応じた時点で労働契約は成立する」との見解を明確に示しました。面接がないスキマバイトの特性上、アプリ上で「マッチングが成立した」「採用が確定した」という通知が出た瞬間、それは法的な拘束力を持つ労働契約になる、ということです。
この原則に基づき、以下の点が企業の新たな義務・責任として明確化されました。
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① 企業都合のキャンセルには「休業手当」が必要
契約成立後、企業の都合(例:「客が減ったから」「予定より作業が早く終わったから」)で仕事をキャンセルした場合、それは労働基準法上の「休業」にあたります。企業は働き手に対し、平均賃金の60%以上の休業手当を支払う法的な義務を負います。
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②「待機時間」も労働時間であり賃金が発生
「とりあえず来てもらったけど、仕事がないから待機して」と指示した場合、その待機時間は企業の指揮命令下にあると見なされ、労働時間として賃金の支払い対象となります。「仕事をしていないから無給」という扱いはできません。
働き手から寄せられた「悲痛な声」- トラブルの具体例
今回の厚労省の動きは、労働基準監督署などに数多く寄せられた、働き手からの相談が背景にあります。彼らがどのような不利益を被っていたのか、具体的なケースを見てみましょう。
学生Aさんは、飲食店の8時間シフトに応募し、採用が確定。その日の他のバイトの誘いを断り、準備をしていました。しかし、シフト開始の1時間前にアプリの通知で「本日の募集はキャンセルになりました」と一方的に連絡が。当然、給与は支払われず、その日の収入はゼロに。他の仕事もできなくなり、機会損失だけが残りました。
主婦Bさんは、倉庫での6時間の軽作業に応募。交通費をかけて現場に到着し作業を始めましたが、3時間経ったところで「今日の分は終わったので帰ってください」と指示されました。支払われたのは、実際に働いた3時間分の給与のみ。Bさんは6時間分の収入を予定していましたが、残りの3時間分の補償はありませんでした。
これらのケースに共通するのは、働き手が企業の都合に振り回され、「予定していた収入」と「その日の時間」の両方を一方的に奪われているという点です。今回の厚労省の見解は、こうした状況に対し、休業手当という形で最低限の補償を企業に義務付けることで、働き手の不利益を是正しようとするものです。
企業が今すぐ見直すべきこと
この新しい指針は、スキマバイトの利用方法に根本的な見直しを迫るものです。「とりあえず多めに募集して、不要になったらキャンセルすればいい」という安易な考え方は、もはや通用しません。
1.採用計画の厳格化
必要な人数を慎重に見極め、確定してから募集をかける必要があります。「念のため」の過剰募集は、休業手当の支払いという直接的なコスト増に繋がります。キャンセルを前提とした採用計画は即刻改めるべきです。
2.キャンセルポリシーの再確認
自社の運用ルールだけでなく、利用しているプラットフォームの規約も再確認しましょう。その上で、社内の誰が、どのような手順で募集やキャンセルを決定するのか、責任の所在を明確にしておくことが重要です。
3.法律を超えた「評判リスク」への備え
最も重要なのは、この問題が単なる法務・労務リスクに留まらないという認識を持つことです。SNS時代において、企業倫理は常に監視されています。「あの会社はドタキャンが多い」「給料が支払われなかった」といった一個人の投稿が、企業の評判を一夜にして失墜させ、顧客離れや、将来の採用活動全体への悪影響を引き起こしかねません。
法的に休業手当を支払えば済む問題ではなく、働き手の信頼を失うことの経営的インパクトを理解することが、何よりのリスク管理となります。
良識が企業の身を守る – 新時代の雇用倫理
今回の厚生労働省の見解は、スキマバイトで働く人々も、契約が成立した時点で法的に保護されるべき「労働者」であることを改めて確認したものです。企業側は、彼らを「都合のいい時だけ使える便利な労働力」としてではなく、「短期の契約を結んだ従業員」として、敬意と責任をもって処遇する義務があります。
悪辣な使い方をせず、真に一時的な労働力を補うという良識的な範囲で活用する限り、スキマバイトは依然として強力なツールです。しかし、その一線を越えれば、法的なペナルティと社会的な信用の失墜という二重の代償を支払うことになります。結局のところ、どのような雇用形態であっても、働き手への誠実な向き合い方こそが、企業の持続的な成長を支える基盤となるのです。