平均勤続年数から考える採用戦略:辞めない会社はデータでつくる
日本の平均勤続年数の現状と特徴
厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」によると、日本の一般労働者の平均勤続年数は、近年緩やかな上昇傾向にあります。これは、高齢化社会の進展や、安定志向の強まりなどが背景にあると考えられます。
日本の平均勤続年数(概算)
企業規模別
大企業(1000人以上)では約13年以上、中小企業では約9~10年程度と、規模が大きいほど長い傾向。
産業別(例)
電気・ガス・熱供給・水道業(約20年)が最も長く、宿泊業・飲食サービス業(約5年)が短い傾向。
平均勤続年数とは、企業に勤めている従業員の在籍期間の平均値です。また、勤続年数の「中央値」も重要です。平均値は少数の長期勤続者に引っ張られることがあるため、中央値(全体を二分する位置にある値)を見ることで、より実態に近い「半数の人がどれくらいで会社を離れるか」が把握できます。日本の労働者の勤続年数の中央値は、平均値よりもやや短い傾向にあります。
勤続年数の世代・年代別トレンド:若手とベテランのギャップ
勤続年数のデータは、世代や年代によって顕著な違いが見られます。特に若年層の離職傾向は、企業が採用戦略を考える上で無視できないポイントです。
世代・年代別の勤続年数傾向(公的調査の傾向に基づく概算)
新卒
3~5年
初職の傾向。特に短期間での離職が多く、特定の業界(例: 宿泊業・飲食サービス業)では3年以内離職率が50%を超えることもあります。
20代後半~30代前半
4~8年
キャリア形成のための転職が活発な時期。自身のスキルアップやキャリア志向に合う企業を求めて転職する傾向が強いです。
30代後半~40代(ミドル層)
8~15年以上
経験を積んだミドル層は、役職や専門性を求めて転職する場合もありますが、全体として勤続年数は安定する傾向にあります。組織の中核を担う世代です。
50代以上(ベテラン層)
15年以上
平均勤続年数が最も長い世代です。定年まで勤め上げる人も多く、長年の経験と知識が企業の財産となります。
このデータからわかるのは、特に若年層の人材は、数年で会社を離れる可能性が高いという現実です。これは、彼らのキャリア観が多様化し、自身の成長や働きがいを重視する傾向が強まっているためと考えられます。企業は、この世代ごとの勤続年数の違いを理解し、それぞれに合わせた採用・育成・定着戦略を講じる必要があります。
世界と日本:勤続年数の国際比較が示すもの
日本の平均勤勤続年数は、主要な先進国と比較すると比較的長い傾向にあります。これは、終身雇用制度の慣習が依然として残っていることや、安定志向の国民性などが影響していると考えられます。
主要国・地域の平均勤続年数比較(概算)
国・地域 |
平均勤続年数(全体) |
特徴と背景 |
日本 |
約12年 |
- 主要国の中では比較的長い
- 終身雇用制度の慣習や安定志向が影響
|
アメリカ |
約4~5年 |
- 労働移動が非常に活発
- キャリアアップやスキルアップのための転職が一般的
|
イギリス |
約7~8年 |
- 日本とアメリカの中間程度
- キャリア形成における転職も一般的だが、米国ほど短期ではない
|
この比較からわかるのは、日本の企業は比較的従業員が長く勤める傾向にあるものの、海外ではより短いスパンでの人材の入れ替わりが常態化しているということです。これは、グローバルな視点で見れば、企業は常に人の入れ替わりを前提とした採用・育成・定着の仕組みを構築する必要があることを示唆しています。
平均勤続年数が企業に突きつける「問い」
自社の平均勤続年数や離職率のデータを見たとき、企業は以下の問いに真剣に向き合う必要があります。
データが示す採用・定着の課題
人材入れ替わりへの準備
「半分の人が〇年で辞める」という中央値の事実に対し、会社は、そのサイクルでの人材入れ替わりを前提とした採用計画や、引継ぎ、育成の仕組みを作れているでしょうか?
採用計画の妥当性
採用目標人数は、単なる「現在の不足人数」だけでなく、過去の離職率や勤続年数を考慮した「将来の補充必要人数」に基づいて設定されているでしょうか?
組織の「仕組み」の強さ
人が入れ替わっても業務が滞らないよう、マニュアル整備、ナレッジ共有、標準化といった「属人化」を防ぐ仕組みは十分に機能しているでしょうか?
「辞めない」ための対策
離職の根本原因(給与、人間関係、キャリア、ワークライフバランスなど)を特定し、それらを改善するための具体的な施策を、経営戦略として講じているでしょうか?
これらの問いに向き合うことは、単に人を採用するだけでなく、企業が持続的に成長するための組織基盤を強化することに繋がります。
「辞めない」会社を作るための対策
従業員の勤続年数を延ばし、定着率を高めることは、結果的に採用コストの削減と企業競争力の向上に直結します。
定着率向上に向けた具体的なアプローチ
エンゲージメントの向上
社員が企業目標に共感し、仕事にやりがいを感じられるよう、定期的なフィードバック、キャリア面談、社内コミュニケーションの活性化を図りましょう。
ワークライフバランスの推進
リモートワーク、フレックスタイム、有給休暇の取得促進、残業削減など、柔軟な働き方を制度化し、社員がプライベートと仕事の両立をしやすい環境を整備します。
キャリア開発支援の充実
研修制度、資格取得支援、ジョブローテーションなど、社員が自身のスキルを向上させ、キャリアパスを描けるような機会を提供し、成長をサポートします。
公正な評価と適切な報酬
成果や貢献が正当に評価され、それが報酬に適切に反映される透明性の高い評価制度を構築しましょう。社員のモチベーション維持に不可欠です。
ハラスメント対策・相談窓口
安心して働ける環境を保証するため、ハラスメント防止策を徹底し、社員が気軽に相談できる窓口を設置・周知することが重要です。
離職原因の徹底分析:辞める人を減らすための「声」の活用
社員が辞めてしまう原因を把握せずに、いくら採用を頑張っても「ザルの水」です。辞める人がなぜ辞めるのか、残る人がなぜ残るのか、その「声」を徹底的に分析し、採用・定着戦略にフィードバックする仕組みを作りましょう。
離職原因分析と改善のフロー
1. 退職者インタビューの実施
退職が決定した社員に対し、本音で話してもらえるような環境で、退職理由をヒアリングしましょう。形式的な質問だけでなく、「何が不満だったのか」「改善できる点はなかったか」「会社に期待していたことと違った点は何か」など、具体的な深掘りが必要です。
2. 辞める人の特徴を分析
ヒアリング結果に加え、退職者の入社時の採用要件、経歴、配属後のパフォーマンス、上司や同僚からの評価などを総合的に分析します。共通する特徴やパターンがないかを把握することで、「どのような人が辞めやすいのか」という傾向が見えてきます。
3. 「残る人」の特徴も分析
辞める人の分析と同時に、長く会社に貢献し、活躍している社員(残る人)の特徴も分析しましょう。彼らのスキル、価値観、モチベーションの源泉を理解することで、「どのような人が自社に定着しやすいか」が明確になります。
4. 採用要件・プロセスへの反映
「辞める人」と「残る人」の分析結果を、次回の採用活動にフィードバックします。具体的には、採用要件に「辞めやすい人の特徴」を留意事項として反映させたり、面接質問で定着に関わる要素を深掘りしたりすることで、戦力となり定着しやすい人材を採用する精度を高めます。
5. 改善策の実施と継続的な見直し
離職原因が会社の制度や文化にある場合は、その改善策(例: 業務フローの見直し、ハラスメント対策強化、キャリアパスの明確化など)を実施しましょう。このPDCAサイクルを回し続けることで、持続的に「人が辞めない会社」へと進化していきます。
勤続年数を踏まえた採用計画の立案
平均勤続年数や離職率のデータを基に採用計画を立てることは、場当たり的な採用を避け、より戦略的かつ持続可能な人材確保に繋がります。
データに基づく採用計画のポイント
必要採用人数の算出
現在の不足人数だけでなく、退職予測数(過去の勤続年数・離職率から推計)を考慮し、将来的な補充必要人数を具体的に算出しましょう。
ターゲット層の再設定
自社に定着しやすい人材層の特性(年齢、経験、志向など)を分析し、採用ターゲットをより具体的に設定します。ミスマッチ防止にも繋がります。
採用プロセスの見直し
入社後の定着に繋がりやすいよう、選考プロセスの中で企業のリアルな情報(良い面も悪い面も)を適切に伝え、求職者の期待値を調整する工夫を取り入れましょう。
オンボーディングの強化
入社後のミスマッチや早期離職を防ぐため、新入社員がスムーズに組織に馴染み、活躍できるような手厚いオンボーディング(入社後研修・OJT・メンター制度など)を計画・実行しましょう。
まとめ:データが導く採用・定着の未来
日本の平均勤続年数や離職率のデータは、単なる数字の羅列ではありません。それは、企業が「どれくらいのサイクルで人材が入れ替わる可能性があるのか」、そして「その入れ替わりを前提とした組織づくりと採用戦略ができているか」という重要な問いを投げかけています。
「辞めない会社」を作るための定着施策と、そのデータに基づいた採用計画は、車の両輪です。両方をバランス良く回すことで、人手不足時代でも持続可能な人材戦略を構築できます。
データに真摯に向き合い、働きやすい環境を整備し、その魅力を正しく発信する企業こそが、未来の採用競争を勝ち抜くことができるでしょう。