働き方の多様化や個人のスキルアップ志向の高まりを受け、政府も「働き方改革」の一環として副業・兼業を推進しています。しかし、企業側にとっては、従業員の成長を促す機会となる一方で、情報漏洩や本業への支障といったリスクも懸念され、導入に踏み切れないケースも少なくありません。
本稿では、各種の公的調査や研究機関のデータを基に、企業における副業の現状、メリット・デメリット、そして導入にあたっての問題点を客観的かつ体系的に解説します。
1. 副業をめぐる企業の現状 – 導入率はどのくらい?
まず、日本企業における副業の容認状況を見ていきましょう。パーソル総合研究所の調査によると、企業の副業容認率は年々増加傾向にありますが、企業規模によって温度差がある実態が浮かび上がります。
副業容認率 (全体)
- 副業を容認している企業 (合計) 55.0%
- 全面容認 8.2%
- 条件付き容認 46.8%
- 副業を禁止している企業 45.0%
従業員規模別の副業容認率
- 10人未満49.4%
- 10~99人51.5%
- 100~999人57.1%
- 1,000人以上68.8%
出典: パーソル総合研究所「第二回 副業の実態・意識に関する定量調査」
このデータから、企業規模が大きいほど副業を容認する割合が高いことがわかります。これは、大企業の方が人事制度や労務管理の体制が整っており、副業に関するルール策定や管理に対応しやすいことが一因と考えられます。
2. なぜ企業は副業解禁をためらうのか? – データに見る懸念点
副業を禁止している企業は、具体的にどのような点を問題視しているのでしょうか。リクルートマネジメントソリューションズの調査では、企業が副業を許可する上での課題が明らかにされています。
副業を許可する上での課題・懸念点 (複数回答)
- 従業員の長時間労働・健康管理への懸念64.7%
- 本業がおろそかになる可能性62.3%
- 情報漏洩のリスク43.8%
- 労働時間の管理・把握の難しさ41.1%
- 人材の流出・引き抜きの可能性28.7%
出典: リクルートマネジメントソリューションズ「兼業・副業に対する企業の意識・実態調査」
最も大きな懸念は、「従業員の健康」と「本業へのパフォーマンス」に集中しています。また、労働基準法では、自社と副業先の労働時間を通算して管理する義務があるため、その管理の煩雑さも導入を妨げる一因となっています。
3. 副業解禁の真のメリット – 企業が得られるものは何か?
一方で、リスクを管理し、副業を許可している企業はどのようなメリットを感じているのでしょうか。同調査によると、従業員の成長やエンゲージメント向上に関する項目が上位を占めています。
副業を許可することによるメリット (複数回答)
- 従業員のスキルアップ・能力向上45.9%
- 従業員の自律性・主体性の向上43.2%
- 従業員の定着率向上・離職防止36.5%
- 従業員のモチベーション向上35.1%
- 社外の知見・人脈の獲得27.0%
- 優秀な人材の採用につながる24.3%
出典: リクルートマネジメントソリューションズ「兼業・副業に対する企業の意識・実態調査」
従業員が副業を通じて新たなスキルや知見を習得し、それを本業に還元することで、組織全体の活性化につながるという好循環が期待されています。また、多様な働き方を認める企業姿勢が、採用市場における魅力となり、人材獲得競争において有利に働くという側面も見逃せません。
4. 【体系的整理】企業のメリット・デメリット
メリット (企業の成長促進)
- 人材育成・スキル獲得
- 従業員が自律的に社外で新たなスキルや専門知識を習得。研修コストをかけずに人材育成が可能になる。
- イノベーション創出
- 社外で得た新しい視点や人脈が、本業における新規事業のアイデアや業務改善につながる可能性がある。
- エンゲージメント向上
- 従業員のキャリア自律を支援する姿勢が、会社への満足度や定着率を高め、離職を防ぐ。
- 採用競争力の強化
- 「副業可」という柔軟な働き方を提示することで、優秀で意欲の高い人材にとって魅力的な企業となる。
デメリット (管理すべきリスク)
- 労務管理の複雑化
- 本業と副業の労働時間を通算して管理し、時間外労働の上限規制を遵守する必要がある。
- パフォーマンス低下
- 疲労の蓄積や関心の分散により、本業への集中力や生産性が低下するリスク。
- 情報漏洩・利益相反
- 副業先で本業の機密情報が漏れるリスクや、競合他社で働くことによる利益相反のリスク。
- 人材流出の可能性
- 副業がきっかけで、より魅力的な企業へ転職してしまうリスク。
データが示すように、企業の副業解禁は「従業員の成長と組織活性化」という大きなメリットをもたらす可能性がある一方で、「労務管理と情報漏洩」という無視できないリスクを伴います。
副業を成功させる鍵は、これらのメリット・デメリットを正しく理解し、リスクを管理するための明確なルール作りにあります。就業規則に副業に関する規定を設け、許可制にするのか届出制にするのか、どのような副業を禁止するのか(競合避止、情報漏洩リスクの高い業務など)、労働時間はどのように申告・管理するのかを具体的に定めることが不可欠です。
副業はもはや一部の特別な働き方ではありません。企業にとっては、リスクを恐れて一律に禁止するのではなく、従業員の自律的なキャリア形成を支援し、その成長を企業の力に変えていくための戦略的な人事施策として捉え直す時期に来ていると言えるでしょう。

