忍び寄る崩壊 – データで見る「人手不足倒産」の急増と金利上昇の脅威

人手不足が、ついに企業の存続そのものを脅かす段階に入りました。これは単なる労働問題ではありません。低収益、賃金上昇、そして金利上昇という3つの圧力が、財務的に脆弱な企業を淘汰する時代の幕開けです。本記事では、公的データを基にその構造的な問題を解説します。

「人手不足倒産」の急増という現実

まず直視すべきは、「人手不足」を直接的・間接的な理由とする倒産が、記録的なペースで増加している事実です。2024年に過去最多の年間313件を記録した後もこの傾向は止まらず、2025年に入り、そのペースはさらに加速しています。

帝国データバンクの最新調査によると、2025年上半期(1月~6月)だけで人手不足倒産はすでに210件に達しました。これは前年同期を大幅に上回るペースであり、年間では400件を超える過去最悪の水準に達する可能性が示唆されています。

210件
2025年上半期(1月~6月)の人手不足倒産件数

内訳を見ると、「求人難(募集しても人が集まらない)」が最も多く、次いで「従業員の退職」が続きます。これは、企業の採用力・定着力の欠如が、直接的に事業継続を不可能にしていることを示しています。

倒産の予備群 – 低収益で喘ぐ企業の実態

では、なぜ一部の企業は人手不足に対応できないのでしょうか。その根源は、多くの場合、企業の収益構造の脆弱さにあります。

賃上げについていけない「低い利益率」

近年、政府主導で賃上げの機運が高まっていますが、すべての企業がその波に乗れるわけではありません。財務省の「法人企業統計」を見ると、資本金10億円以上の大企業の売上高経常利益率が平均8%前後であるのに対し、中小企業は3~4%程度に留まります。

利益率が低い企業は、人件費の上昇分を価格に転嫁する交渉力も弱く、賃上げの原資を確保できません。結果として、魅力的な待遇を提示できず、不人気な労働集約型の業種を中心に人手不足が深刻化するのです。

無理な採用が招く「倒産の悪循環」

財務体質が悪いにもかかわらず、事業継続のために無理な採用に踏み切ると、破滅的な悪循環に陥ります。

  1. 低い利益率のため、本来は高い給与を提示できない。
  2. しかし人手不足から、背伸びをして業界水準以上の待遇で採用する。
  3. 人件費という固定費が増大し、わずかな利益がさらに圧迫される。
  4. 売上減少や予期せぬコスト増に対応できなくなり、資金繰りが悪化し倒産に至る。

これは、人手不足を解消しようとする行為が、自社の首を絞める結果につながるという皮肉な構造です。

最後の引き金 – 金利上昇という新たな脅威

こうした脆弱な企業群にとって、決定的な追い打ちとなりかねないのが、金利の上昇です。

「ゾンビ企業」という膨大な予備群

長年のゼロ金利政策と、コロナ禍での「ゼロゼロ融資」によって、本来であれば市場から退出していたはずの、実質的に経営破綻状態にある「ゾンビ企業」が延命されてきました。帝国データバンクの推計では、その数は全国に約25.1万社存在するとされています。これらの企業の多くは、過大な債務を抱え、わずかな金利上昇にも耐えられない財務状況にあります。

金利上昇がもたらす致命的なインパクト

日本銀行がマイナス金利政策を解除し、金利が正常化に向かう中、企業が支払う利息負担は着実に増加します。例えば、1億円の借入金がある企業の場合、金利がわずか1%上昇するだけで、年間の利払い負担は100万円増加します。

前述の通り、低い利益率でかろうじて経営を維持してきた企業にとって、この追加コストは致命的です。「人件費の上昇」というコストプッシュ圧力に加え、「支払利息の増加」という財務圧力が同時に襲いかかることで、倒産の引き金が引かれる可能性は極めて高いと言えます。

【試算】三重苦で倒産予備軍はどれだけ増えるか

では、今後「金利」「物価」「賃金」がさらに上昇した場合、企業経営へのインパクトはどれほどのものになるのでしょうか。典型的な中小企業をモデルに簡易的に試算してみます。

モデルケース: 年商3億円、経常利益600万円(利益率2%)、借入金1億円、人件費6,000万円の中小企業

前提条件:

  • 金利が今後1年で +0.5% 上昇
  • 原材料費などの物価が +2% 上昇(売上原価率50%と仮定)
  • 賃金が +3% 上昇
① 金利上昇による支払利息の増加 年間 -50万円
② 物価上昇による原価の増加 (1.5億円 × 2%) 年間 -300万円
③ 賃金上昇による人件費の増加 (6,000万円 × 3%) 年間 -180万円
合計インパクト(年間利益圧迫額) -530万円

この試算では、年間600万円あった利益が、わずか1年で70万円にまで減少します。これは利益の約88%が吹き飛ぶ計算です。

この状況を全国約25.1万社の「ゾンビ企業」に当てはめると、その衝撃は計り知れません。すでに利益がゼロかマイナスのこれらの企業にとって、年間数百万円のコスト増は、事業継続を断念せざるを得ない直接的な要因となります。仮に、このうちの2割が今後2年以内に持ちこたえられなくなると仮定するだけで、約5万社が倒産のリスクに直面することになります。

結局、採用を成功させるには何が必要なのか。

人手不足による倒産は、採用テクニックの問題ではなく、事業そのものの魅力と収益力の問題です。真の解決策は、小手先の採用活動の見直しではありません。

適切な利益を確保し、その利益を原資として継続的に待遇を改善できる強い事業基盤。そして、従業員が「ここで働き続けたい」と思えるような未来を感じるビジネスモデル。この2つを構築できた企業だけが、自然と人材が集まり、定着するという「採用の好循環」を生み出すことができます。

人手不足とコスト上昇の波は、魅力と実力のない企業を淘汰し、本当に価値のある企業だけが生き残るという、経済の「新陳代謝」を加速させているのです。

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