女性採用を成功させる企業の共通点 – 「多様性」という言葉の裏にある、緻密な戦略とは

「女性管理職比率30%」「女性採用率50%」といった目標を掲げる企業が、今急速に増えています。それはESG投資など外部からの要請であると同時に、労働力人口が減少する日本において、企業の持続的成長を支えるための「戦力増強」でもあります。しかし、ただ目標を掲げるだけでは採用は成功しません。「女性」と一括りにせず、その多様な現実に寄り添う緻密な戦略こそが、真のダイバーシティ経営を実現する鍵となります。

1. なぜ今、女性採用の強化が急務なのか?

女性活躍推進は、もはや社会貢献活動ではなく、企業価値を左右する経営課題です。その背景には、無視できない複数の要因が存在します。

データで見る日本の現状と「外圧」

帝国データバンクの2024年の調査によると、国内企業の女性管理職割合は平均で9.8%と、依然として1割に満たないのが現実です。政府が目標とする「2030年までに30%」には程遠く、国際的に見ても低い水準にあります。この状況に対し、東京証券取引所はプライム市場の上場企業に女性役員比率の目標開示を求めるなど、資本市場からのプレッシャー(外圧)は年々強まっています。

ESG投資の世界的な潮流
企業の環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)を評価して投資先を選ぶESG投資において、「女性管理職比率」や「男女間の賃金格差」は重要な評価指標です。多様性の確保は、投資家から「リスク管理能力が高く、持続可能な企業」と見なされるための必須要件となっています。

出典: 帝国データバンク「女性登用に対する企業の意識調査(2024年)」等
企業の成長を左右する「戦力」としての多様性

少子高齢化により国内の労働力人口が先細りする中、これまで十分に活用されてこなかった女性の力は、企業にとって最大の潜在能力です。多様な視点や価値観は、新たな商品・サービスの開発や、複雑化する市場ニーズへの対応に不可欠であり、イノベーションの源泉となります。女性採用の強化は、守りのコンプライアンスではなく、攻めの成長戦略なのです。

2. 根強い「出産・育児離職」という現実

女性活躍推進の取り組みが進む一方で、多くの企業が直面しているのが、出産・育児を機に優秀な女性社員がキャリアを断絶してしまうという厳しい現実です。総務省の労働力調査が示す「M字カーブ」は、近年浅くなったとはいえ、依然として存在しています。

女性の年齢階級別就業率(M字カーブ)

このグラフは、女性の就業率が30代から40代にかけて一度落ち込む「M字カーブ」を示しています。これは、まさに出産・育児の時期と重なります。そして、国立社会保障・人口問題研究所の調査では、第一子出産を機に約3割の女性が離職しているというデータもあり、制度が整ってもなお、キャリアの継続を諦める女性が多い実態を物語っています。

なぜ彼女たちは離職するのか?

女性が離職を選ぶ理由は、単に「育児が大変だから」だけではありません。下記の男女別の離職理由データを見ると、その構造的な問題が浮かび上がります。

前職をやめた理由 男性 女性
労働時間、休日等の労働条件が悪かった 12.0% 11.9%
給料等収入が少なかった 9.0% 7.8%
会社の将来が不安だった 7.8% 6.0%
結婚・出産・育児のため 0.4% 15.7%
介護・看護のため 0.6% 2.4%

「結婚・出産・育児」を理由に離職する割合は、男性が0.4%であるのに対し、女性は15.7%と突出しています。この数字は、育児の負担が依然として女性に偏りがちであること、そして、それを支える企業の体制や社会の意識がまだ不十分であることを示唆しています。

3. 制度と本音のミスマッチ – 企業と女性社員の「すれ違い」

多くの企業は育休や時短勤務といった「制度」の整備を進めています。しかし、女性社員たちが抱える葛藤や本当に求めている支援との間には、しばしば大きな「すれ違い」が生じています。

キャリアと家庭の板挟み – 女性が抱える葛藤

パーソル総合研究所の調査では、子育て中の女性社員の多くが「管理職に昇進したい」という意欲を持ちながらも、「家庭との両立は無理だろう」と昇進をためらう傾向が明らかになっています。キャリアを追求したい本音と、育児や家事の負担という現実との間で、多くの女性が葛藤しているのです。

企業が提供しがちな支援 vs 女性が本当に求める支援

この葛藤を解消できず、ミスマッチが生まれる典型的な例が以下の表です。

企業が提供しがちな「点」の支援 女性が本当に求めている「線」と「面」の支援
法定通りの育休・時短勤務制度の導入 休業・復帰後もキャリアが停滞しない評価制度と、周囲の理解
単発の女性活躍研修・セミナー 具体的なロールモデルの存在と、継続的に相談できるメンター制度
「女性だから」という画一的な配慮 時間や場所の制約を受けにくい、全社員対象の柔軟な働き方(フルフレックス、リモートワーク)
制度の存在を周知するだけ 男女問わず、上司や同僚が「お互い様」の意識で協力し合える風土

企業は制度という「点」で支援しようとしますが、女性社員が求めているのは、キャリアが途切れないための継続的な仕組み(線)と、それを支える職場全体の文化(面)なのです。

4. 多くの企業が陥る「理想」と「現実」のギャップ

制度はあっても活用が進まない、あるいは活用した結果、キャリアにマイナスの影響が出るという「理想と現実のギャップ」が、女性の定着と活躍を阻害しています。

陥りがちな3つの「ワナ」
  • 「マミートラック」というワナ
    育児中の女性を配慮するあまり、責任の軽い部署や補助的な業務に配置転換してしまうケース。本人の成長機会を奪い、結果的に管理職候補から遠ざけてしまいます。本人の意向を無視した「良かれと思って」の配慮が、キャリアを停滞させる最大の原因になりえます。
  • 「制度の属人化」というワナ
    両立支援が、特定の上司の理解や個人の頑張りに依存している状態。これでは、異動や退職によって制度が機能しなくなります。誰が上司でも、どの部署でも、当たり前に制度を使える文化と仕組みが必要です。
  • 「無意識の偏見(アンコンシャス・バイアス)」というワナ
    「子供が小さいから、大変な仕事は無理だろう」「彼女は管理職を目指していないだろう」といった、管理職側の無意識の思い込み。これが、女性社員から挑戦の機会を奪い、モチベーションを低下させる大きな要因となっています。

5. 結論 – 全てはできない。だからこそ「最初の一歩」が重要

これほど複雑な課題に対し、すべてのニーズを満たす完璧な施策をいきなり導入することは不可能です。大切なのは、理想論に振り回されず、自社の状況に合わせた現実的な「最初の一歩」を踏み出すことです。

Step 1 – まずは自社の「現状」を客観的に知る

「なぜ、うちの会社は女性管理職が増えないのか?」その原因を憶測で語るのをやめましょう。まずはデータを分析し、女性社員がどの階層で、どのライフイベントの時期に最も多く離職しているのかを特定します。匿名でのアンケートやヒアリングで、彼女たちが感じているリアルな「壁」や「ミスマッチ」を把握することが、全ての出発点です。

Step 2 – 「ターゲット」を絞り、具体的な施策を一つ始める

「全女性社員のため」という漠然とした施策は、結局誰のためにもなりません。現状分析で見えた課題に基づき、「育休からの復帰者が、元の職場でスムーズに再スタートできるための研修プログラム」や、「係長クラスの女性社員を対象にした、管理職育成メンター制度」など、具体的なターゲットと目的を絞った施策を一つ、確実に実行しましょう。

Step 3 – 身近な「ロールモデル」を可視化し、発信する

遠い世界のスーパーウーマンの話よりも、同じ会社で働く少し先輩の「あの人」の経験談の方が、何倍も心に響きます。社内報やイントラネットで、仕事と家庭を両立しながら活躍する女性社員のインタビューを掲載するなど、身近なロールモデルを可視化しましょう。それが、後に続く女性社員にとって「この会社でキャリアを続けられる」という何よりの希望になります。

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