介護職の採用戦略 ~人が集まる組織は「不人気」をどう乗り越えているか~

「求人を出しても応募が来ない…」「採用してもすぐに辞めてしまう…」
介護業界の採用担当者から、このような悲痛な声を聞くことは少なくありません。超高齢社会の進展に伴い、介護ニーズは増大の一途をたどる一方で、介護職は「きつい」「給料が安い」「人間関係が複雑」といったイメージから、採用が極めて難しい職種の一つとされています。

しかし、このような「採用難」の業界のなかでも、なぜか常に人が集まり、定着している「人気組織」も存在します。彼らは、単に給与が高いから、というわけではありません。一体、どのような特徴を持ち、どのような取り組みをしているのでしょうか?
本記事では、公的機関の調査データを踏まえ、介護業界で働く人々の「本音」を深掘りし、採用に成功している組織と苦戦している組織の具体的な違いを比較分析します。その上で、介護職の採用を強化し、人が辞めない魅力的な組織を築くための実践戦略を解説します。

介護職の「採用難」の現状と背景

介護職の採用難は、日本が抱える社会課題の縮図とも言えます。厚生労働省の「職業安定業務統計」によると、介護サービス職の有効求人倍率は、全職種平均を大きく上回る高水準で推移しており、常に人手不足の状態が続いています。

この採用難の背景には、以下のような複合的な要因が存在します。

介護職が採用難易度が高い主な背景

需要と供給のミスマッチ
超高齢社会の進展により介護サービスへのニーズは増大する一方、働き手の数は追いついていません。
賃金水準への不満
仕事の専門性や身体的・精神的負担に見合った賃金が得られないという不満が根強く、他産業との賃金格差も指摘されています。
ネガティブなイメージ
「きつい」「汚い」「危険」(3K)といったイメージが先行し、仕事の「やりがい」や「社会貢献性」が見えにくい傾向があります。
高い離職率
入職しても早期に離職するケースが少なくなく、慢性的な人手不足に拍車をかけています。

このような状況下で、介護事業所は単なる募集ではなく、業界全体のイメージ改善と、自社の魅力を深く掘り下げて発信する戦略が求められています。

介護業界で働く人たちの「声」:公的調査が示す実態

介護労働安定センターの「介護労働実態調査」(※1)や、労働政策研究・研修機構の「介護労働者の就業実態と意識に関する調査」(※2)など、公的機関の調査からは、介護職で働く人々の本音や、離職理由、仕事の満足度に関する具体的な声が見えてきます。

調査から見える介護職の本音

仕事の「やりがい」
多くの介護職が「利用者や家族から感謝される」「人の役に立っている実感がある」ことを仕事のやりがいとして挙げています。これは、賃金や負担感を上回る、この仕事ならではの大きな魅力です。
賃金への不満(主な離職理由)
離職理由のトップには「賃金が低い」が常に挙げられます。仕事の専門性や責任に見合わない、と感じる人が少なくありません。
身体的・精神的負担
重労働、夜勤、緊急対応、利用者や家族との人間関係、ハラスメントなどが、身体的・精神的負担として挙げられ、離職の一因となっています。
育児・介護との両立
シフト制勤務や夜勤があるため、自身の育児や家族の介護との両立の難しさを理由に離職するケースも多く見られます。
人間関係・ハラスメント
閉鎖的な職場環境や、上司・同僚との人間関係、ハラスメントが離職理由となるケースも少なくありません。

この「声」は、介護職の仕事が持つ**「やりがい」**という強みと、**「賃金」「負担」「人間関係」**という課題を明確に示しています。採用を成功させる組織は、このギャップを理解し、課題解決に向けた具体的な取り組みを行い、それを求職者に誠実に伝えています。
※1:公益財団法人 介護労働安定センター「介護労働実態調査」は、介護労働者の就業状況や労働条件、意識を把握するための重要な調査です。
※2:独立行政法人 労働政策研究・研修機構「介護労働者の就業実態と意識に関する調査」も、介護職の現状を多角的に分析しています。

【比較分析】採用に強い介護組織 vs 苦戦する組織

同じ介護業界でも、採用に成功している組織と苦戦している組織には明確な違いが見られます。その違いを具体的な項目で比較してみましょう。

介護組織の採用力比較:成功 vs 苦戦
比較項目 採用に強い組織の特徴・施策 採用に苦戦する組織の特徴・課題
情報発信・ブランディング
  • リアルな情報発信良い面も課題も正直に伝える。
  • SNSでの積極的な発信職場の日常や社員の声を積極的に公開。
  • 独自の取り組みアピール施設独自のユニークな取り組みをアピール。
  • 情報が抽象的・不足求人票の定型文のみで魅力が伝わらない。
  • ネガティブイメージの放置ネガティブなイメージ払拭の努力が見られない。
働き方・労働環境
  • 柔軟なシフト制度社員の希望を考慮したシフト作成。
  • ICT導入・省人化ICT導入や省人化で業務負担を軽減。
  • 休憩・残業削減の徹底休憩時間の確保や、残業削減の徹底。
  • 固定シフト・属人化個人の都合が通りにくい。
  • 業務効率化への投資不足業務効率化への投資がなく、現場の負担が大きい。
育成・キャリア支援
  • 体系的な研修・OJT新入社員への手厚いサポート。
  • 明確なキャリアパス明確なキャリアパスと資格取得支援制度。
  • ロールモデルの可視化女性管理職や男性の育休取得者がロールモデル。
  • 育成がOJT任せ属人的で、成長実感が得にくい。
  • キャリアパスが不透明キャリアパスが不透明。
処遇・評価
  • 公正な評価制度貢献度を適切に反映。
  • 昇給・昇格の明確な基準昇給・昇格の明確な基準と機会。
  • 給与水準向上への努力地域や業界平均以上の給与水準を目指す努力。
  • 年功序列・評価不透明頑張りが報われないと感じる。
  • 賃金改定の停滞賃金改定が滞りがち。
人間関係・組織文化
  • 心理的安全性の確保意見が言いやすく、ハラスメントがない。
  • 風通しの良いコミュニケーション風通しの良いコミュニケーションとチームワーク。
  • 多様性の尊重多様性を尊重し、相互理解を深める取り組み。
  • 閉鎖的な人間関係派閥やハラスメントが横行する。
  • 意見の言いづらさ意見が通りにくく、不満が蓄積されやすい。
採用プロセス
  • 迅速かつ丁寧な対応応募から選考、内定までスピーディー。
  • 対話を重視した面接面接は対話を重視し、企業のリアルを誠実に伝える。
  • 対応が遅い・不親切求職者の意欲を削ぐ。
  • 形式的な面接お互いの理解が深まらない。

この比較から、採用に強い介護組織は、単に条件が良いだけでなく、「働きがい」と「働きやすさ」を両立させ、それを誠実に発信する努力を惜しまないことがわかります。

採用成功への実践戦略

介護職の採用を強化し、人が定着する組織を築くためには、以下の戦略を複合的に実施することが不可欠です。

実践的活用ポイント

透明性の高い情報発信
求人票や採用サイトで、良い面だけでなく、仕事の厳しさや課題、その改善に向けた取り組みも正直に伝えましょう。これにより、入社後のギャップを減らし、ミスマッチを防止します。社員の日常やインタビュー動画も有効です。
働き方改革と省人化・自動化
柔軟なシフト、残業削減、有給取得促進に加え、記録業務のICT化、介護ロボット導入など、現場の負担を軽減する省人化・自動化を進めましょう。これにより、従業員の満足度と定着率が向上します。
体系的な育成・キャリアパスの提示
新入社員向けの丁寧な研修、資格取得支援、明確な昇給・昇格基準とキャリアパスを示すことで、介護職としての長期的な成長をサポートします。管理職層への育成も重要です。
管理職の意識改革とコミュニケーション
ハラスメント防止研修やアンコンシャス・バイアス研修を実施し、管理職の意識を高めましょう。社員が安心して意見を言える、風通しの良いコミュニケーション環境を構築します。
多様な人材の積極的な受け入れ
未経験者、異業種からの転職者、シニア層、外国人材など、多様なバックグラウンドを持つ人材を積極的に採用し、彼らが活躍できるサポート体制を整えましょう。

まとめ:介護採用は「見えない価値」を可視化する時代へ

介護職の採用難は構造的な問題ですが、人が集まり、定着している組織は、この課題に「人」と「仕組み」の両面から真摯に向き合っています。

「やりがい」という介護職の最大の魅力を前面に出しつつ、賃金、労働環境、人間関係といった「本音」で課題となる部分を改善する努力が不可欠です。そして、その改善のプロセスや成果を、求人情報やSNSを通じて透明性高く発信することが、選ばれる組織になるための鍵となります。

公的調査で示される介護労働者の「声」に耳を傾け、自社の「見えない価値」を可視化し、適切な採用戦略を実行することで、貴社も介護業界の採用難を乗り越え、持続的に発展する組織を築けるでしょう。

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