飲食店の採用難を打破する – 職種別メディア戦略と人材ポートフォリオの作り方

「募集をかけても人が集まらない」「採用しても定着しない」- 飲食業界は、今、深刻な人手不足という大きな壁に直面しています。この問題は、単に店舗運営を圧迫するだけでなく、サービスの質の低下や事業拡大の足かせとなり、業界全体の成長を阻害しています。
もはや、従来の求人メディアに掲載するだけの「待ち」の採用では、この危機を乗り越えることはできません。本記事では、アルバイト、正社員、店長という職種ごとの特性に応じた採用メディアの使い分けを具体的に解説。さらに、スキマバイトや派遣、人材紹介といった多様なサービスを戦略的に組み合わせる「人材ポートフォリオ」という新しい考え方を提言し、飲食業界が人手不足を根本から解決するための道筋を示します。

データが示す飲食業界の採用危機

飲食店の採用難は、感覚的なものではなく、データによって明確に裏付けられています。特に「飲食物調理の職業」や「接客・給仕の職業」における有効求人倍率は、他の産業と比較して突出して高い水準にあります。

図1. 職種別 有効求人倍率(概念図)

出典:厚生労働省「一般職業紹介状況」のデータを基に作成した概念図。
実際の数値は発表時期により変動します。

有効求人倍率が3.0倍を超えるということは、「1人の求職者を3社が奪い合っている」という熾烈な競争環境を意味します。このような状況下では、これまでと同じ方法を続けていては、人材確保がますます困難になることは明らかです。

【アルバイト編】採用戦略 – 数の確保と定着率向上の両立

市場環境と採用課題 – なぜアルバイトが集まらないのか

アルバイト市場は、飲食業界だけの戦いではありません。同じ時給であれば、より負担が少ないとされるコンビニ、スーパー、倉庫内軽作業など、他業界との間で熾烈な人材獲得競争が繰り広げられています。特に、学生や主婦層からは「忙しい割に時給が高くない」「人間関係が大変そう」といったイメージが根強く、敬遠される一因となっています。
さらに、インバウンド回復による需要急増が、現場の忙しさに拍車をかけており、「楽ではない仕事」という印象を強めています。こうした中で、ただ時給を提示するだけでは、数多の求人に埋もれてしまうのが現状です。

採用成功の鍵 – アルバイト求職者が本当に「求めているもの」

時給はもちろん重要ですが、それだけで選ばれる時代は終わりました。今の求職者、特に若年層は「タイパ(タイムパフォーマンス)」と「働きやすさ」を極めて重視します。

  • 💡効率的に働ける環境(タイパ): 覚えることが多い、無駄な待機時間がある、といった非効率を嫌います。スマホで完結するシフト提出、分かりやすいオンラインマニュアル、無駄のないオペレーションなどが評価されます。
  • 💡心理的安全性: 「怒鳴る店長がいない」「ミスをしても皆でフォローする」といった、精神的に安心して働ける環境が何よりも大切です。スタッフ同士の良好な関係性が伝わることが、応募の決め手になります。
  • 💡柔軟性と納得感: テスト期間や家庭の事情で休みたい時に、柔軟に対応してくれるか。急なシフト変更を強制されないか。自分の都合が尊重される職場が選ばれます。

差別化戦略 – 採用できている企業が実践するPR術

人気店は、これらの求職者ニーズを的確に捉え、具体的な制度や働く魅力を効果的にPRしています。

PRの方向性: 「時間の価値」と「居心地の良さ」を伝える

具体的なPR例:

  • SNSでの発信: InstagramやTikTokで、スタッフが楽しそうに働いている様子や、美味しそうな「まかない」の写真を投稿。「#店長優しい」「#バイト仲間」といったハッシュタグで、職場の良好な雰囲気を伝える。
  • 求人原稿の工夫: 「シフト提出はLINEで1週間ごとOK!」「最新オーダーシステム導入で、覚えることも少なめです!」「バイトデビューも大歓迎!優しい先輩が丁寧に教えます」など、具体的な働きやすさをアピール。
  • 友人紹介制度の強化: 「紹介した友達が3ヶ月続いたら、紹介者と友達の両方に1万円支給!」など、インセンティブを魅力的に設定し、口コミでの採用を促進する。

【正社員編】採用戦略 – スキルと将来性を見据えた人材獲得

市場環境と採用課題 – なぜ経験者が戻ってこないのか

正社員の採用市場は、アルバイト以上に深刻です。最大の要因は、コロナ禍で多くの経験者が飲食業界を離れ、より安定した他業界(IT、配送、食品メーカーなど)へ転職してしまったことにあります。彼らは、飲食業の労働環境や将来性に不安を感じており、景気が回復しても簡単には戻ってきません。つまり、経験豊富な人材プールそのものが縮小しているのです。
そこへインバウンド需要が急回復したことで、数少ない経験者を高級店や大手チェーンが好条件で奪い合うという、激しい競争が起きています。

採用成功の鍵 – 正社員候補者が本当に「求めているもの」

もはや「料理が好き」「人が好き」といった情熱だけでは、人材を惹きつけることはできません。彼らが求めているのは、自身の市場価値を高める「成長実感」と、安心して働き続けられる「キャリアの展望」です。

  • 💡体系的なスキルアップ: OJT任せではなく、調理技術、原価管理、マネジメントなどを段階的に学べる研修制度。ソムリエやふぐ調理師といった資格取得を会社が支援してくれるか。
  • 💡明確なキャリアパス: 「3年で副料理長、5年で料理長」といった具体的なキャリアステップの提示。その先の「独立支援制度」や、本部スタッフへの道など、多様な将来像を描けることが重要。
  • 💡健全な労働環境: 「完全週休2日制」「月8日休み保証」「みなし残業なし」など、プライベートを大切にできる具体的な労働条件。これがなければ、土俵にすら上がれません。

差別化戦略 – 採用できている企業が実践するPR術

採用に成功している企業は、「単なる労働力」としてではなく、「未来の事業を担うパートナー」として社員を扱う姿勢を明確に打ち出しています。

PRの方向性: 「成長プラットフォーム」としての企業価値を伝える

具体的なPR例:

  • 採用サイトでの社員インタビュー: 実際にキャリアアップした社員の事例を紹介。「未経験入社から5年で独立開業した先輩」「アルバイトから商品開発部に抜擢された社員」など、リアルな成功体験をストーリーとして見せる。
  • 具体的な数字でのアピール: 「年間休日115日」「残業月平均20時間以内」「育休取得率80%」など、労働環境の良さを具体的な数字で示し、安心感を与える。
  • 投資姿勢の明示: 「最新の厨房機器を導入し、調理の効率化と負担軽減を実現」「海外研修制度あり」など、社員の成長と働きやすさのために会社が投資している姿勢をアピールする。

【店長編】採用戦略 – 事業の成否を握るリーダーの発掘

市場環境と採用課題 – なぜ経営人材が見つからないのか

店長は、単なる現場の責任者ではなく、ヒト・モノ・カネを動かす「経営者」です。しかし、飲食業界では、十分な経営教育を受けないまま、プレイヤーとして優秀な人材が昇進させられ、過度なプレッシャーで疲弊・離職するケースが後を絶ちません。コロナ禍で管理職層の他業界への流出も進み、経験豊かな店長候補は市場で極めて希少な存在となっています。
一方で、インバウンド需要への対応やデリバリー戦略など、店長に求められる経営スキルはますます高度化・複雑化しており、採用の難易度は最高レベルに達しています。

採用成功の鍵 – 店長候補者が本当に「求めているもの」

優秀な店長候補者は、給与だけでなく、自らの能力を最大限に発揮できる「環境」と「権限」を求めています。

  • 💡大きな裁量権: メニュー開発、スタッフの採用・評価、販促企画など、店舗運営の大部分を自身の裁量で決定できる権限。本部から細かく管理される「名ばかり店長」を嫌います。
  • 💡正当な報酬(インセンティブ): 店舗の利益が自身の報酬に明確に連動する仕組み。責任の重さに見合った高い給与水準と、成果が正しく評価されるインセンティブ制度が不可欠です。
  • 💡本部の強力なサポート体制: 経理、労務、法務、システムトラブルなど、専門的な問題や面倒な業務は本部がしっかりとサポートしてくれる体制。これにより、店長は店舗の価値向上という本来の業務に集中できます。

差別化戦略 – 採用できている企業が実践するPR術

優れた人材を採用できる企業は、店長を「一国一城の主」として扱い、その挑戦を全力で支援する姿勢を明確に示しています。

PRの方向性: 「経営者候補」としての待遇と未来を約束する

具体的なPR例:

  • 社長・役員による直接メッセージ: 採用サイトや面談の場で、トップが自ら「店長は事業パートナーである」というビジョンを語り、期待と権限移譲の姿勢を示す。
  • 透明性の高い情報開示: 求人票の段階で、具体的な給与モデル(年収例)やインセンティブの計算方法、店舗の平均的な売上・利益といった情報を可能な範囲で開示し、信頼感を醸成する。
  • 実績と権限のアピール: 「入社1年で月商100万円アップを実現した店長」「自身のアイデアで開発したメニューが全社のグランドメニューに採用」など、現役店長の成功事例を具体的に紹介し、裁量権の大きさを証明する。

脱・一本足打法 – 採用手法のポートフォリオ戦略

これからの飲食店経営では、単一の採用手法に頼るのではなく、状況に応じて複数の手法を組み合わせる「人材ポートフォリオ」の考え方が不可欠です。安定した店舗運営の基盤となる「基幹人材」と、繁閑の波に対応する「変動人材」を、それぞれ最適な手法で確保します。

人材ポートフォリオ戦略の具体例
人材の役割 主な担い手 有効な採用手法 活用のポイント
基幹人材
(安定の核)
正社員・店長 人材紹介、内部登用・育成、中途採用メディア 企業の理念や文化に共感し、長期的に貢献してくれる人材を厳選。教育・研修に投資し、定着を図る。
レギュラー人材
(日常運営の主戦力)
長期アルバイト Web求人メディア、リファラル採用、店頭応募 柔軟なシフト対応や働きやすい環境を提供し、安定した労働力を確保。正社員登用への道も示す。
スポット人材
(繁閑・緊急対応)
スキマバイトワーカー スキマバイトアプリ 週末のピークタイムや急な欠員など、必要な時に必要な時間だけ労働力を補填。人件費の最適化に貢献。
専門・特定業務人材 派遣スタッフ 人材派遣サービス 新店舗の立ち上げ期間や、特定のイベント期間など、一定期間だけ専門スキルを持つ人材が必要な場合に活用。

採用成功へのロードマップ

飲食業界の採用難は、一朝一夕で解決できる問題ではありません。しかし、戦略的にアプローチを変えることで、活路は見出せます。最後に、本記事で考察した内容を「現状・課題・対策」としてまとめます。

  • 現状 – 構造的な人手不足

    コロナ禍での人材流出とインバウンド回復が重なり、需要と供給のギャップが極限まで拡大。従来型の求人広告だけでは人材獲得競争に勝てない。

  • 課題 – 求職者の価値観とのズレ

    働きやすさ、成長実感、キャリアの将来性といった現代の求職者が求める価値を提供できず、選ばれる企業になっていない。採用手法も硬直化している。

  • 対策 – 職種別の魅力創造とポートフォリオ構築

    職種ごとに求職者のインサイトを深く理解し、響く制度やPRを設計する。同時に、正社員、アルバイト、スキマバイト等を戦略的に組み合わせる「人材ポートフォリオ」を構築し、変化に強い組織を作る。

人手不足は「耐える」時代から「乗りこなす」時代へと変わりつつあります。
多様な働き方と採用チャネルを戦略的に組み合わせ、自社に最適な人材ポートフォリオを構築できた企業だけが、これからの飲食業界で持続的な成長を実現できるのです。
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