「GAFAMなら安泰」「エンジニアは引く手あまた」。そんな神話は、もはや過去のものとなりました。2023年から始まった世界の巨大IT企業による人員削減の波は、2024年、そして2025年になっても止まることなく、特にエンジニア職に大きな影響を与えています。
なぜ、巨額の利益を上げ続ける彼らが、競争力の源泉であるはずのエンジニアを容赦なく解雇するのでしょうか。本記事では、海外で起きているこの巨大な地殻変動を最新の報道から読み解き、すぐそこに迫る日本のエンジニアの未来について考察します。
止まらないエンジニア削減 – 2024-2025年、巨大IT企業の動向
コロナ禍の熱狂的な採用ブームから一転、IT業界は「効率化」と「選択と集中」の時代に突入しました。以下は、この1年半の間に報じられた主な人員削減の動きです。
Google(Alphabet)- 終わらない効率化の波
2024年初頭、Googleはハードウェア、広告、そして中核であるエンジニアリング部門で1,000人規模の人員削減を実施。ロイター通信など主要メディアが報じたこの動きは、CEOが「さらなる削減」を示唆した通り、2025年に入っても続いています。特に、AI分野へのリソース集中を名目に、既存事業のエンジニアを整理する動きが顕著です。
Microsoft – 買収後の整理とAIへの集中
2024年1月、ゲーム大手アクティビジョン・ブリザードの買収完了後、ゲーム部門を中心に約1,900人の解雇を発表(The Verge報道)。その後も、クラウド部門「Azure」や複合現実(MR)部門「HoloLens」などで断続的に人員整理を続けています。これは、全社的に生成AIへの投資を最優先し、それ以外の分野のコストを最適化する明確な戦略の表れです。
Amazon – 聖域なきコストカット
クラウドサービス「AWS」、Prime Video、Twitchなど、これまで成長を牽引してきた事業部門でも、2024年から2025年にかけて数千人規模の人員削減を断行。ウォール・ストリート・ジャーナルは、パンデミック中の過剰投資を是正し、収益性を重視する経営体制への転換が背景にあると分析しています。
なぜエリートエンジニアが解雇されるのか? 3つの構造的理由
一連の人員削減は、単なる不況対策ではありません。そこには、エンジニアの働き方そのものを変える、3つの構造的な理由が存在します。
1. AIが変える開発現場 – 生産性向上という現実
最大の要因の一つが、AIによる開発者生産性の劇的な向上です。GitHub社の調査によると、AIコーディング支援ツール「Copilot」を利用するエンジニアは、利用しないエンジニアに比べて特定のタスクを最大55%速く完了させるというデータが報告されています。これは、企業がより少ないエンジニアで、これまでと同じかそれ以上の成果を上げられるようになる可能性を示唆しています。
この生産性革命は、単純作業や定型的なコーディングをAIに任せ、エンジニアはより創造的で高度な問題解決に集中するという、役割の転換を促します。同時に、企業経営の観点からは、「同じ成果を出すために、以前と同じ人数のエンジニアは必要だろうか?」という問いを生み、人員構成の見直しに繋がるのです。
2. コロナ禍で膨張した人員の「ツケ」
パンデミック中に急拡大したデジタル需要に応えるため、各社は「とにかく採用」を合言葉に、給与を高騰させてでもエンジニアの獲得競争を繰り広げました。その結果、多くの企業で人員が過剰に膨張。現在の削減は、いわば「デジタル特需の熱狂から覚め、持続可能な成長を見据えた筋肉質な経営体質へと戻るための、避けられない調整」という側面が色濃くあります。
3. AIへの巨大な戦略的ピボット
3つ目の理由は、生成AIへの全社的なリソース再配分です。各社は、AI関連の研究開発やインフラ投資に天文学的な資金を投じています。その原資を確保するため、成熟した事業や将来性の低いと判断されたプロジェクトのエンジニアを削減し、AI関連の優秀な人材獲得に予算を振り向けているのです。これは「リストラ」というより、未来への「戦略的入れ替え」と見るべきでしょう。
日本は例外か? – 海外と異なる「今」と、やがて来る「未来」
これほどのエンジニア削減が海外で進む一方、日本では同様の動きはまだ限定的です。なぜでしょうか。そして、この状況はいつまで続くのでしょうか。
なぜ「今」日本ではエンジニアの大量解雇が起きていないのか
最大の理由は、圧倒的なIT人材不足です。経済産業省は、日本のIT人材は2030年には最大で約79万人不足する可能性があると試算しています。多くの日本企業は、DX化の遅れを取り戻すために、いまだにエンジニアを「採用したい」側であり、余剰人員を抱える段階にすら至っていません。また、海外に比べて解雇に関する法規制が厳しく、長期雇用を前提とした文化が根強いことも、急速な人員削減の歯止めとなっています。
海外で解雇が進む背景 – 「ハイヤー・アンド・ファイヤー」文化
一方、米国を中心とする海外IT企業では、市場の状況に応じて迅速に採用し、同様に迅速に解雇する(ハイヤー・アンド・ファイヤー)文化が定着しています。株主からの厳しい要求に応え、常に高い収益性と効率性を追求するため、人員の最適化は日常的な経営判断なのです。コロナ禍での大量採用も、この文化の延長線上にありました。
日本のエンジニアに迫る「淘汰の時」
しかし、日本の「人材不足」という防波堤が永遠に続くわけではありません。AIによる生産性向上の波は、確実に日本にも到達します。その時、企業は「誰でもいいから採る」フェーズから、「本当に価値を生み出せるエンジニアだけを残す」フェーズへと移行するでしょう。日本のエンジニアにとって、今は来るべき「淘汰の時代」に備えるための、最後の猶予期間なのかもしれません。
シリコンバレーを震源地とするエンジニアの解雇の波は、テクノロジー業界の構造変化と、働き方の未来を告げる号砲です。それは、利益の出ていない赤字企業ではなく、世界で最も裕福な企業群が、未来のために断行している「戦略的再編」に他なりません。
この動きは、日本のエンジニアにとって「安定」という概念を根底から覆すものです。会社の看板や正社員という肩書ではなく、個人のスキルと市場価値だけがキャリアを支える時代が本格的に到来します。海外のニュースを「他人事」と眺めている時間はありません。「自分はAIに代替されない、どんな価値を提供できるのか」「自分の市場価値は何か」。その問いに答えを出すための準備を、今この瞬間から始める必要があるのです。

